PL法と開発委託契約

 自社が委託先となる開発委託契約において、誰が「製造物責任」を負うべきか検討する機会があった。 製造物責任法(PL法)を踏まえると、自社が開発した成果物については、委託元ではなく自社にその賠償責任があるのでは?と思っていたが、必ずそうとも限らないようである。 ここで、開発委託契約上の製造物の責任の所在について、整理しておきたい。 製造物責任法(PL法)とは 製造物責任法(Product Liability Law、以下「PL法」)は、製造物の欠陥によって他人の生命・身体または財産に被害が生じた場合に、その製造業者等が無過失で損害賠償責任を負うことを定めた法律である(日本では1995年に施行)。 法の趣旨 従来の民法では、被害者が製造者の過失を証明しなければならず、立証が困難であった。 PL法はこれを改め、過失の有無に関係なく、製造物に欠陥があれば製造者に責任を負わせることとしている。 責任の対象 PL法が適用される「製造物」とは、製造または加工された動産(電化製品、車、薬品、食品など)となる。 責任発生の要件 以下の3要件を満たすと、製造業者等に損害賠償責任が発生する。 製造物に「欠陥」があること(設計上・製造上・表示上の欠陥など) 欠陥により生命・身体・他人の財産に損害が生じたこと 欠陥と損害との因果関係があること このように、民法709条とは異なり、製造業者等に故意又は過失があったことまでを証明する必要はない。 開発委託契約との関係性 製品の開発・製造が他社に委託される場合(開発委託契約を結んだ場合)、PL法に基づく責任の帰属が問題となることがある。 PL法では、次のようなものが責任を負う。 実際に製造・加工した者 製造業者として表示されている者(ブランド表示者等) 輸入販売者(外国製品を日本に持ち込んで販売する者) つまり、開発・製造を他社に委託していたとしても、製品に自社ブランドを表示して販売していれば、委託元もPL法上の「製造業者等」として責任を問われる可能性がある。 PL法上の「対外的責任」は制限できない PL法は被害者保護のための強行法規的な性格を持っているため、消費者など第三者(被害者)からされた損害賠償請求に対しては、原則として賠償責任を負うこととなる。 責任の所在は? PL法により、消費者に対する「対外的な責任」は法律で定められるものの、委託元と委託先の契約関係では、PL法の強行規定が及ばない。 つまり、誰がその賠償を「最終的に負担するか」は、開発委託契約の中で当事者間の合意により自由に定めることが可能である。 例えば、「製品に欠陥があった場合、それが委託先の設計ミスや製造不良によるものであれば、委託元が消費者に賠償した金額を委託先に求償できる」との契約条項は有効となる。 もちろん、「共同責任」や、「原因に応じた按分」などの規定を設けることもできる。 責任の所在については交渉を要するだろうが、製品に欠陥があった場合の責任分担について契約で定めておくことは重要である。

May 15, 2025 · 1 min

作風を似せると著作権侵害?

2025年4月16日の衆院内閣委員会(※)で、著作権における、生成AI画像について答弁があった。 内容が興味深かったので、そのやり取りを紹介しつつ、自分なりの考察も交えてみたい。 ※少人数の委員で組織され、本会議の審議に先だって法律案などの議案の内容を専門的に検討する予備的審査機関 著作権上の生成AI画像の扱いに関する文科省の見解 「スタジオジブリのアニメに似せたAI生成画像が著作権侵害では?と言われている。どこまで適法?」 といった質問があり、文部科学省の戦略官が次のように見解を述べた。 「個別事例については最終的には司法の判断に委ねられるが、単に作風・アイデアが類似しているのみであれば、著作権侵害に当たらない。」 回答内容を要約すると、以下の通り。 著作権法は、思想または感情を創作的に表現したものを著作物として保護する 創作的な表現に至らないものは保護対象外なので、作風やアイデアが類似しているのみでなら著作権侵害には当たらない AIで生成したコンテンツに、既存の著作物との類似性及び依拠性が認められれば著作権侵害となり得る 考察 概ね、従来通りの見解ではないかと感じた。 作風というと、個々の描き方、技法をイメージするが、そのようなアイデアが全て著作権で保護されてしまうと、巷では著作権違反の創作物で溢れかえってしまい、皆が新たな創作活動を行うのを妨げることとなってしまうだろう。 これでは、著作権法の立法趣旨に反してしまう。 この辺りは、以下の文化庁のセミナー資料にも同様の記載がある。 出展:「令和6年度著作権セミナー AIと著作権Ⅱ」 (令和6年8月 文化庁著作権課) 一方、作風が具体的な外見や構図として「創作的な表現」になると、それは著作物(著作権の保護対象)となり得るということにもなる。 ここで気になるのが、じゃあどこまで行くと著作権侵害になるのか?という点である。 中々明確な判断が難しいところだが、判例を交えて考えてみたい。 判例(けろけろけろっぴ事件) 東京高裁の判例(平成12(ネ)4735)を挙げて考えてみたい。 以下、判決文の一部抜粋となる。 本件著作物は、カエルを擬人化した図柄である。本件著作物において、その「表現したもの」における、基本的な表現に注目すると、①顔の輪郭が横長の楕円形であること、②目玉が丸く顔の輪郭から飛び出していること、③胴体が短く、これに短い手足をつけていること、を挙げることができる。 カエルを擬人化するという手法が、少なくとも我が国において広く知られた事柄であることは、鳥獣戯画などを持ち出すまでもなく、当裁判所に顕著である。そして、カエルを擬人化する場合に、作品が、顔、目玉、胴体、手足によって構成されることになるのは自明である。 擬人化されたカエルの顔の輪郭を横長の楕円形という形状にすること、その胴体を短くし、これに短い手足をつけることは、擬人化する際のものとして通常予想される範囲内のありふれた表現というべきであり、目玉が丸く顔の輪郭から飛び出していることについては、我が国においてカエルの最も特徴的な部分とされていることの一つに関するものであって、これまた普通に行われる範囲内の表現であるというべきである。 そうすると、本件著作物における上記の基本的な表現自体には、著作者の思想又は感情が創作的に表れているとはいえないことになる。 …しかし、それを現実化するに当たっての細部の表現においては、擬人化したカエルの図柄に、形状、配置、配色によるバリエーション(変形、変種)を与えることによって、表現全体として作者独自の思想又は感情が表現されているということができ、ここに創作性を認めることができる。 引用:東京高裁平成13年1月23日判決 平成12(ネ)4735 要約すると、以下の点がポイントとなる。 「カエルを擬人化する」という手法自体はアイデアであり、著作物とはならない 擬人化する手法のうち、ありふれた表現(顔の輪郭、短い胴体など)については、著作権で保護されない 表現に独自の特徴があれば、その部分は著作権で保護され得る 参考までに、以下にいらすとやにあったカエルのキャラクターを掲載する。 確かに、こちらのイラストもカエルの顔の輪郭が横長の楕円形であり、短い胴体に胴体に短い手足が付いている。 これらの表現はありふれたものであることが伺える。 ※いやすとやのカエルのキャラクターに著作権が発生していない、ということを意味するわけではない いらすとやをディスっているわけではない ジブリ化したAI生成画像は著作権侵害? ジブリ化のケースで考えると、「スタジオジブリの描き方に似せたイラストを作る」という手法自体はアイデアであり、そもそも著作物とはならない。 一方、イラストをジブリ化する際に独自の表現方法があるか?を考えると、結構悩ましい。 例えば普通の人をジブリ化すると、具体的にどこが独自の特徴となるのだろうか? 淡く柔らかい色使い? 緻密な自然描写? 細かい背景とシンプルなキャラとの対比? 特徴を言語化しようとすると、何とも捉えどころがない。 いずれも独自の表現かと言われると、そこまでの特徴とまでは言い切れない気がする。 特定のキャラ(トトロなど)まで具体的だと、独自の特徴があって著作物と言えるだろうが、やはりジブリ化する行為自体は著作権侵害とは言えないのではないだろうか。 まとめ 作風を取り入れること自体が著作権侵害となる可能性は低いかと思うが、作成したコンテンツに独自の特徴が生じた場合は、それが既存の著作物と類似するときに侵害となる可能性が高くなる。 しかし、「ここが独自の表現だ!」と説明するのが難しくとも、絵柄を見るとジブリっぽさが感じられるのは結構凄いことだと思う。 そして、そんなイラストを出力できるAIは、その特徴を掴んでいるとも言え、何とも不思議な感覚になる。 ちなみに、著作権侵害が成立するには依拠性という条件も求められるが、それは以下の記事を参照いただきたい。 著作権侵害要件「依拠性」について 著作権侵害が成立するためには、単に被疑侵害品と著作物とが類似しているだけではなく、「依拠性」という要件も必要である。 この「依拠性」とは、被... ...

欧州特許制度特有の手続き

欧州特許(EP特許)には、他国には無い独自の制度がある。 出願時から権利化後に至るまで、実務に関係する制度として、例えば以下のものが挙げられる。 これらについて、制度の概要を説明したい。 バリデーション手続き(Validation) EP特許が付与された後、特許権を特定の国で有効化するための手続きを指す。 EP特許は自動的にすべての加盟国で有効になるわけではなく、特許権者が指定した国ごとにValidationする必要がある。 手続き 各国特許庁に対して、EP特許の付与公告から3月以内に、以下の手続をする。 当該庁に対する手数料の支払い 当該国における代理人の指定 クレーム及び明細書について当該国における公用語翻訳文の提出 費用 上記の手続を各国に行うため、Validationは高額な手続という印象が強い。 しかしながら、ロンドン協定により、特にEPOの公用語を自国の公用語とする国では、クレーム及び明細書の公用語翻訳文提出が免除されており、また庁手数料の支払いや国内代理人指定の要件までもが免除されている場合もある(英、仏、独など)。 よって、現在では主要3国では相当に金銭的負担が軽減されているといえる。 統一特許(UP:Unitary Patent) EP特許を有効化するには、ValidationのほかUP申請を行うという方法もある。 UPは、欧州特許庁(EPO)で付与された特許を、一括でEU加盟国の一部(現在17カ国)で効力を持たせる仕組みである。 手続き UPを選択する場合は、Validationとは異なり特許付与日から1月以内に申請する必要がある。 UPCA発効日から6年(+最大6年延長)の移行期間に限り、申請と同時に明細書・クレーム全文の翻訳文(*)を提出する必要がある。 この翻訳文には法的効力は無いものの機械翻訳は禁止されている。 *手続き言語が英語→他のEU公用語(ドイツ語など)への翻訳文。手続き言語が独語または仏語である場合→英語への翻訳文。 費用 EPOに対する申請手数料は無料である。 一方、年金がそれなりに高額となる。 UPを選ぶべき? メリット UPは一括で17カ国(2025年時点)に適用されるため、UPでカバーされない国(英国など)を除いては、Validation手続きが不要となる。 デメリット UPの場合は年金が高額となるため、有効化させたい国が3か国以内であれば、Validationの方が費用は安くなる。 また後述するが、UPの場合はUPCで裁判することとなるため、セントラルアタックにより一括で特許が無効となるリスクもある。 このリスクを許容できない場合は、Validation+後述のオプトアウトで対応するのが良いだろう。 オプトアウト UPと連動して導入されたのが「統一特許裁判所(UPC:Unified Patent Court)」である。 この裁判所が管轄する特許は、EP特許のうちUPとして登録されたもの、またはUPとして登録しなくてもUPC管轄下にある国で有効化された特許だ。 ただし、従来通り各国の裁判所で争いたい場合は「オプトアウト」を選べる。これを行うと、そのEP特許はUPCの管轄外となり、各国ごとの裁判で争うことになる。 オプトアウトの対象となる特許 登録済のEP特許 出願中のEP特許(付与前でもオプトアウト可) 従来の国内特許には関係なし 手続き オプトアウトは「特許ごと」に行う EPOではなく、UPCの管理システムで手続き 費用はかからない オプトアウトの期限 2023年6月1日のUPC発足から7年間(移行期間中)はオプトアウト可能 一度オプトアウトすると、原則として再度UPCの管轄には戻せない(例外あり) オプトアウトするべき? UPCを利用したい場合 → オプトアウト不要 一つの裁判でEUの多くの国の権利を守れる ただし、敗訴すると一括で特許が無効になるリスク(所謂セントラルアタック) 従来の各国裁判所を利用したい場合 → オプトアウトすべき 各国で個別に裁判ができる(国によっては有利に進められる場合も) ただし、各国での手続きが増える まだUPCが発足されてから日も浅く、十分な判例が蓄積されていない。 このことから、従来の裁判の傾向をもとに争いたい場合は、オプトアウトを選択する場合も多いだろう。 License of Right(LOR) LORは、特許権者が誰にでも特許のライセンスを供与する意思があることを宣言する制度。その代わりに、特許維持費(年金)が割引される仕組み。 以下、LORの主な特徴を挙げておく。 年金の割引 LORを申請すると、年金が通常の支払い額より低くなる。 ...

進歩性における「容易の容易」とは

実務を行っていると、特許出願が一発で特許査定となることは稀であり、大抵は新規性、進歩性、記載要件違反を理由にした拒絶理由が通知される。 中でも進歩性違反は代表的な拒絶理由であると思うが、複数の引例・周知技術が適用されている場合、いわゆる「容易の容易」にあたらないか?と思ったことがある。 しかし、実際にその理由で反論を試みた経験に乏しい。 拒絶理由通知への対応で役立つ事があるかもしれないので、「容易の容易」についてまとめておきたい。 容易の容易とは? 「容易の容易」という用語は審査基準には無いが、「主引用発明に、2つの副引用発明を直列的に適用すること」とされている。 ※副引用発明は周知技術等であっても良い 例えば、以下のような発明・引例があるとする。 本発明:A+B+C 主引例:A 副引例1:B 副引例2:C 主引例に副引例1を適用し(A+B)、さらに別の副引例2(C)を適用する場合において、A+Bの構成からはCを適用するための課題を認識できるものの、Aのみからではその課題を認識できないのであれば、副引例2を適用することは容易ではない、という場合が当てはまる。 ここで、一例を考えてみたい。 例えば、椅子にキャスターを付けると椅子を動かしやすくなる一方、椅子に人が座ったときにキャスターが動くと危険なので、人が座る(荷重が加わる)とキャスターがロックされる椅子を発明したとする。 その発明に対し、以下のような引例が存在した場合はどうなるか。 本発明:荷重が加わるとロックするキャスター付きの椅子 主引例:椅子 副引例1:キャスター付きの机 副引例2:荷重が加わるとキャスターをロックするストッパー(高荷重時のキャスター移動による床の傷付き防止) 家具を楽に移動させるため、主引例に副引例1を組み合わせてキャスター付きの椅子を構成するのは容易であると考えられる。 しかし、主引例1にはキャスターを設けることは開示されていないのだから、キャスターを付けたときに発生する課題(高荷重時のキャスター移動による床の傷付き)を解決する手段となる副引例2の構成を適用することは容易ではない、という判断になるかと思われる。 ※副引例1を主引例として考えると、副引例2とを組み合わせ、更に、机の構成を椅子に置き換えるのは容易相当、というロジックで攻められる可能性は否定できない 一方、「主引用発明に、2つの副引用発明を並列的に適用する」場合は「容易の容易」とは異なり、普通に進歩性違反となる。 例えば、以下の例である。 本発明:リクライニング機能を有するキャスター付き椅子 主引例:椅子 副引例1:キャスター付きの机 副引例2:リクライニング機能付きベッド この場合は、椅子に対して並列的に二つの変更を加えているだけなので、「容易の容易」には当たらず、組み合わせに困難性が増すということはない。 ただし、「容易の容易」だから進歩性があるとは限らない。 自明な課題を取り上げていたり、「単なる設計変更」と言われる程度の設計的事項の変更を2段階行っただけでは、いくら特許出願人が「容易の容易」であると主張しても、進歩性が認められない。 実務で活用できそう? いわゆる「容易の容易」であることから進歩性が認められた判例もあるが、その数は多くない。 また、上述のように「容易の容易」だからといって、必ずしも進歩性が認められるとは限らないことから、中間対応時に活用できる場面はそれほど多くないかもしれない。 とはいえ、複数の引例を組み合わせて発明に想到しようとすると、そのロジックには矛盾が生じる可能性が高くなるはずである。 ここは基本となる進歩性の審査基準に則り、技術分野の関連性、課題の共通性、機能・作用の共通性、発明に対する示唆といった動機づけの有無を確認するとともに、組み合わせに阻害要因が無いか、本発明に顕著な効果が無いかを確認することが基本となるだろう。

請負と準委任との違い

基本的に、開発委託契約の契約形態は、「請負」と「準委任」とに分かれる。 いずれも業務を外部に依頼する契約形態だが、契約の目的・成果・責任範囲などに大きな違いがある。 実務上は請負と準委任との相違を個別契約の中で修正したり、請負・準委任と明記しない契約書とすることも珍しくないが、まずは契約形態の基本として、両者の差異及び留意点について、備忘録として書き留めておきたい。 1番の違い(成果物の有無) 請負と準委任の最大の違いは、「成果物の納品義務があるかどうか」に尽きる。 請負契約では、成果物の完成と引き渡しが契約の目的になるため、納品しなければ報酬は発生しない。たとえば「Webアプリを開発して納品する」といった場合、その完成責任を負うのが請負となる。 一方、準委任契約は業務そのものの遂行が目的である。 作業の成果が形として残るかどうかは問題ではなく、作業した事実に対して報酬が発生する。 極端にいえば、アウトプットがゼロでも「やるべき業務を行っていれば」報酬は発生する。 つまり、「納品すること」が報酬の前提となるかどうか——そこが請負と準委任を分ける最大のポイントとなる。 報酬金額の提示方法 請負、準委任ともに委託契約ではあるものの、その報酬金額の提示方法は異なることが通常である。 請負の場合 基本的には総額(定額)で提示するのが望ましい。 請負契約は、「特定の成果物の完成・納品」が契約の目的であり、その成果物に対して対価が支払われる契約である。 そのため、納品された成果物に対して「いくら払うか」が明確であるべきであり、総額で定めることが原則的に妥当となる。 請負契約では、原則として発注者は進行状況にかかわらず成果物さえ完成すればよく、途中の進行や工数は関係ない。 工数や単価で記載すると、準委任のような性質になってしまい、契約形態と整合しなくなる。 ただし、契約書とは別に見積書や内訳書の中で、人月単価・工数を参考情報として提示することはある。 これにより、以下のようなメリットがある。 発注者が価格の妥当性を判断しやすい 追加開発や変更対応時の追加費用の計算基準になる それでも、契約書本体には「総額」を記載し、単価・工数は参考情報扱いに留めるべきである。 準委任の場合 準委任は「成果物の完成」ではなく「一定期間の業務を遂行すること」が契約目的となる。したがって、報酬もその稼働に対して支払うのが自然である。 すなわち、「この業務に何時間/何日かかったか」に基づいて、報酬を決定する必要がある。 精算方法としては、実際の作業時間(実働)に基づいて精算する「実費精算型」が一般的。 これにより、月次での稼働報告・精算処理がしやすくなる。 仮に総額で記載してしまうと、稼働量が増減した場合に報酬調整ができず不便となる。 請負でも報酬を定額で出しづらい場合 請負契約型でありながら、工数の見積もりが困難で定額の報酬金額を提示しづらい場合には、例えば以下のような記載方法が考えられる。 段階的に定める 開発工程をフェーズ(要件定義・基本設計・詳細設計・実装・テストなど)に分け、各段階ごとに報酬を設定する方法である。 記載例: 「本契約に基づく報酬は以下の通りとする。 第1フェーズ(要件定義完了時):○○万円 第2フェーズ(基本設計完了時):○○万円 … 最終納品完了時:○○万円」 フェーズごとに仕様確定と見積の見直しができるようにしておくと、柔軟に対応可能となる。 準委任契約との組み合わせ 請負での最終成果物納品を前提にしつつ、要件定義や設計の初期フェーズは準委任契約(時間単価契約)として扱う方法も考えられる。 記載例: 「要件定義フェーズについては準委任契約とし、作業時間に応じた報酬を支払うものとする。 以後、要件が確定した時点で、請負契約として開発に着手し、別途定める金額を報酬とする。」 最初の段階では柔軟性が高く、要件が固まってから請負契約に移行できるのが利点。 変動型の報酬規定(上限付き実費精算型) 定額ではなく、実際の作業時間・人員に応じた報酬とするが、上限金額を設けることで発注者のリスクを軽減する方法。 記載例: 「報酬は、作業に従事した実人員数及び時間に基づき、時間単価○○円にて精算するものとし、総額○○万円を上限とする。」 見積の不確実性が高いプロジェクト初期には有効な方法。 補足 上述の通り、「請負契約」では成果物の完成が義務となるため、報酬は成果物の完成と引き換えに支払うのが原則となる。 したがって、完全な出来高精算や時間単価精算は、本来は「準委任契約」に分類される。 しかし、実務では混合型契約(準委任+請負)も多く存在する。 契約書に明確な区分とフェーズごとの条件を記載しておくとトラブルを防げるかと思う。 なお、開発委託基本契約を締結する場合も同様に 準委任用と請負用とに分ける 1つの契約書に一本化する という方針があり、以下の記事で触れている。 開発委託基本契約で準委任用と請負用を分けるべきか 今後、定期的に開発の委託を発注するとのことで、開発委託基本契約のためのドラフトを作成することとなった。 委託の形態としては、準委任型のパター... ...

April 9, 2025 · 1 min

商標の類否判断(外観、称呼、観念)

最近、商標のクリアランス業務を行い始めたのだが、自分の商標の類否判断にいまいち自信が持てず、外部弁護士の見解を伺うことが多い。 商標業務に携わる前までは、外観、称呼、観念の類否から総合的に判断する、くらいの知識しか無かったが、今後はそうも言ってられなさそうである。 実務でも独力である程度の判断ができるよう、ここで商標の審査基準などを整理しておきたい。 判断基準 商標の類否は、出願商標及び引用商標がその外観、称呼又は観念等によって需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に観察し、出願商標を指定商品又は指定役務に使用した場合に引用商標と出所混同のおそれがあるか否かにより判断する。 なお、判断に際し、指定商品又は指定役務における一般的・恒常的な取引の実情を考慮し、当該商標が現在使用されている商品又は役務についてのみの特殊的・限定的な取引の実情は考慮しないものとする。 商標の類否においては、全体観察のみならず、商標の構成部分の一部を他人の商標と比較して類否を判断する場合がある。 これも重要なので、最後のパートで述べておきたい。 外観、称呼、観念の類否の認定 外観、称呼、観念それぞれの認定方法について触れていく。 1.外観類否の認定 外観とは、商標に接する需要者が、視覚を通じて認識する外形をいう。商標の外観の類否は、商標に接する需要者に強く印象付けられる両外観を比較するとともに、需要者が、視覚を通じて認識する外観の全体的印象が、互いに紛らわしいか否かを考察する。 外観について類似:「Japax」と「JapaX」 上の例ように、大文字と小文字の違い程度では、外観類似と認められる場合が多いものと思われる。 2.称呼類否の認定 商標の称呼の類否は、比較される両称呼の音質、音量及び音調並びに音節に関する判断要素のそれぞれにおいて、共通し、近似するところがあるか否かを比較するとともに、両商標が称呼され、聴覚されるときに需要者に与える称呼の全体的印象が、互いに紛らわしいか否かを考察する。 (ア) 音質(母音、子音の質的きまりから生じる音の性質)に関する判断要素 同音数の称呼+相違する1音が母音共通:「ダイラマックス」「ダイナマックス」 同数音の称呼+相違する1音が子音共通:「プリロセッティ」 「プレロセッティ」 同数音の称呼+相違する1音が清音/濁音/半濁音の差:「ビュープレックス」 「ビューフレックス」 (イ) 音量(音の長短)に関する判断要素 相違する音が長音の有無:「モガレーマン」 「モガレマン」 相違する音が促音の有無:「コレクシット」 「コレクシト」 相違する音が長音と促音の差:「コロネート」 「コロネット」 相違する音が長音と弱音の差:「タカラハト」 「タカラート」 (ウ) 音調(音の強弱及びアクセントの位置)に関する判断要素 相違する1音がともに弱音:「ダンネル」 「ダイネル」 弱音の有無の差:「ブリテックス」 「ブリステックス」 同数音からなる比較的長い称呼で1音だけ異なる:「サイバトロン」 「サイモトロン」 語頭において共通する音が同一の強音:「アプロトン」 「アクロトン」 強めのアクセントの位置が共通:「SUNRICHY」 「SUNLICKY」 (エ) 音節に関する判断要素 比較的長い称呼で1音だけ多い:「ビプレックス」 「ビタプレックス」 一つのまとまった感じとして語が切れる: 「バーコラルジャックス」 「バーコラルデックス」 (オ) その他、称呼の全体的印象が近似すると認められる要素 2音相違するが、上記に挙げる要素の組合せ:「コレクシット」 「コレ*スキット」 相違する1音が拗音と直音の差: 「シャボネット」 「サボネット」 相違する音の一方が外国語風の発音をするときであって、これと他方の母音又は子音が近似: 「TYREX」 「TWYLEX」 相違する1音の母音又は子音が近似: 「サリージェ」 「サリージー」 発音上、聴覚上印象の強い部分が共通:「ハパヤ」 「パッパヤ」 前半の音に多少の差異があるが、全体的印象が近似:「ポピスタン」 「ホスピタン」 3.観念類否の認定 商標の観念の類否は、商標構成中の文字や図形等から、需要者が想起する意味又は意味合いが、互いにおおむね同一であるか否かを考察する。 ...

欧州における商標登録出願の実態調査

商標にて、EUIPO(欧州連合知的財産庁)から「おたくが権利持ってる商標と似てる後願商標登録出願があったよ」との通知を受けた。 はじめは何のことか分からなかったが、欧州における商標登録出願においては、EUIPOのオフィシャルサーチで先行の類似商標があったとしても拒絶理由が通知されず、代わり先行の商標権者にこのような通知が届くということを恥ずかしながら初めて知った。 備忘録として、EUにおける商標登録出願の実体審査に関して軽く触れておきたい。 商標登録出願の実体審査 商標登録出願の審査には、通常、方式審査(願書の様式などの審査)と実体審査がある。 実体審査は更に、絶対的拒絶理由の審査と相対的拒絶理由の審査に分けられる。 1.絶対的拒絶理由 商標が「識別力」を有するか否か、またはその国が登録を禁止する商標に該当しないか(国旗などと同じでないか、など)を問うもの。 他人の商標の存在の有無に関係なく問われるものなので「絶対的」と言われる。 2.相対的拒絶理由 先に登録・出願されている他人の商標と似ていないか、他人の有名な商標と混同するおそれがないかなどを問うもの。 他人の商標の存在の有無に左右されるため「相対的」と言われる。 欧州における審査 日本では、両者とも審査される。 一方、EUおよびイギリスでは「絶対的拒絶理由」は審査されるが、「相対的拒絶理由」は、後述の異議申立があって初めて審査されることとなる。 まず、EUIPOはオフィシャルサーチで先行類似商標の有無を確認する。 そこで類似してそうな商標が見つかったら、その時点では拒絶理由を通知しない。 出願人およびその類似(するかもしれない)商標権利者に向けて、サーチ結果を通知するのである。 先行の商標権者は、相手方の出願人名、商標および指定商品役務を確認の上、異議申立を行うかを判断することとなる。 通知は、あくまで「同一・類似の可能性あり」というものである。 したがって、異議申立を行うと、決してEUIPOが同一類似だと判断することを保証するものではない点には留意しておきたい。 (実務上どの程度同一類似が認められるかは、私にも知見が無い) 異議申立 異議申立を行うと、方式審査を経て、以下の期間、手続きが発生する。 クーリングオフ期間 アドバーサリアル・パート アドバーサリアル・パートとは、両当事者が、それぞれの主張や証拠をEUIPOに提出するとともに意見を述べる段階を指す。 このやりとりに基づいて、EUIPOが判断を行うことになる。 特徴的なのは、アドバーサリアル・パートに移行する前にクーリングオフ期間が設けられている点である。 クーリングオフ期間とは? 異議申立を行うと、当事者間での和解などの解決を探るための交渉期間として、クーリングオフ期間が設けられる。 クーリングオフ期間は2か月だが、両当事者の合意があれば22か月延長される。 和解交渉では、出願人の立場としては、異議申立人側に譲歩する和解案を示すことが考えられる。例えば、以下のようなものが挙げられる。 異議申立人の業務とは重ならないように指定商品役務の範囲を減縮すること 欧州以外での登録商標を所有する場合には、異議申立人の他国での登録取得のために協力すること その他、異議申立人所有の先行商標に対して取消又は無効の理由がある場合には、それを材料に交渉を行うことも考えられる。 例えば、先行商標が、継続して5年間EU各国において使用されないといった不使用取消理由がある旨を主張することが想定される。 交渉がまとまれば、当事者間で契約を締結するとともに、適宜必要な手続き(指定商品役務の減縮など)を行い、異議申立てを終結させる。 異議申立時の留意点 異議申立を行う際は、その成功率もさることながら、相手方からのカウンターとして、自分の登録商標が取消・無効となるリスクも踏まえる必要がある。 また、あらかじめ使用の証拠を準備したり、交渉の対応をしたり、コミュニケーションに相応のコストがかかる点も考慮すべきだろう。 この辺りは、特許と考え方が共通する部分も多いと思う。

米国特許 IDSの提出

米国で特許出願行うにあたっては、IDS(Information Disclosure Statement)の提出が求められる。 実務の上ではこの辺りは事務担当や代理人にお任せしてしまっている現象であるが、特許の活用においては大事な話なので、触れておきたい。 IDSとは? 特許性について重要であることが知られている情報を、USPTOに対して開示しなければならない義務が定められている。 つまり、主に新規性、非自明性といった観点で特許性を否定する方向に働く情報はしっかり提出しなさい、というものである。 情報例としては、例えば以下のようなものが挙げられる。 各国特許庁での拒絶理由通知及び引例(国際調査報告・見解書やその引用文献も含む) 第三者より告知を受けた情報(例: 日本の審査段階における情報提供) その他、直接的に特許性を否定するものではないが、その中の記載が特許性の判断に重要となる可能性もあるため、以下の文献を挙げておいた方が無難とされている。 明細書に「先行技術文献」として記載される文献 各国の特許庁の調査結果が「A分類」とされる文献 提出期間 対象となる情報を知ってから3か月以内に提出するようにする。ファミリで多くの国に出願していると、この辺りの手続きが煩雑になる。 また特許証発行までこの義務が発生するため、特許査定後であってま情報を知ったらIDSを提出する必要がある。 IDS提出義務に違反すると? 連邦規則法典第37巻(Code of Federal Regulations,:37CFR)にて定められている。 37CFRの第1.56規則によると、IDS義務違反が行われた場合、何と特許が認められなくなってしまうことが規定されている。中々厳しい。 一昔前ならいざ知らず、今はグローバルドシエもあるのだから主要特許庁に関する審査情報は提出義務から外してほしいものである。 しかも、提出の時期によっては提出料の支払いまで要求される。 先行文献の抜け漏れは生じづらいのだろうが、将来的にはもっと出願人の負担が減る運用となることを願うばかりである。

米国特許法101条(特許適格性)

米国への特許出願では、101条について悩まされている人は多いだろう。 自分もその一人だ。 ここで備忘録として、101条違反を回避するための対策を整理しておく。 個人の所感で記載しているに過ぎないので、あくまで一意見として捉えていただきたい。 判断フロー まずは、以下が特許適格性の基本的な判断フローとなる。 出展: MPEP §2106 Step 1 クレームが以下の法定カテゴリ(方法、装置、製造物、組成物)のいずれかに属していれば第一関門はクリア、Step 2Aに進む。 属していなければ、「特許不適格」と判断されて即終了。 日本ではプログラムクレームが認められるが、米国出願の場合は記録媒体クレームなどに修正しておく必要がある。 Step 2A Step 2Aでは、右図の通り、以下のProng 1, 2で特許適格性が判断される。 Prong 1 以下の司法例外に言及しているかを判断される。 言及していなければ「特許適格」と判断され、言及していればProng 2に進む。 抽象的アイデア 数学的概念 人間の活動を体系化する方法 思考プロセス 自然法則又は自然現象 Prong 2 クレームが上の司法例外を含んでいても、追加の要素が司法例外を実用的な応用に統合しているものであれば、「特許適格」と判断される。 Prong 2でも「特許適格」と認められなければ、Step 2Bへ進む。 Step 2B クレームが発明概念を提供していれば、「特許適格」と判断される。 発明概念を提供していなければ、「特許不適格」と判断されて審査終了。 発明概念の有無は、司法例外を著しく超えて技術的に意味のある改善や実用性を示すものであるか(例えば、特定の技術分野の機能の向上や特定の技術的課題を解決する手段であるか)で評価される。 自分の実務経験上での話とはなるが、101条違反に対しては、ほぼStep 2A(Prong 1, 2)の中で戦っている感じである。 少なくとも自分の周りでは、Step 2Bで特許適格と判断された事例を見たことがない。Prong 2で特許適格が認められなければ、よりハードルの高い(と私は思っている)Step 2Bで特許適格が認められる可能性は極めて低いのではないだろうか? そもそもStep 2Bの判断基準は、新規性や非自明性のような要素で判断されている印象なので、これが特許適格に関係してくるのがあまり腑に落ちない。 一応、USPTOの仮想事例に1件事例はあるのだが。 では、どうやって特許適格を主張するかを考えたい。 対応方針 Step 2AのProng 1では、抽象的アイデアが大きな障壁であり、特に「思考プロセス」というのが曲者である。 人の脳内で実現できるなら「思考プロセス」に当てはめられてしまうこととなる。 USPTOが公表しているGUIの仮想事例でも、所定期間における各アイコンの使用量を求めるのは、最も広い概念で捉えると思考プロセスであると認定されている。 内部処理に言及すれば良い? 一方、アイコンに関連付けられた各アプリケーションにどれだけのメモリが割り当てられたかをトラッキングするプロセッサを用いて、所定期間における各アイコンの使用量を特定する、となると、人の脳内で実施できないプロセッサの動作を含むため、思考プロセスでないと判断されている。 しかし、このような記載は装置やプログラムの内部処理に言及することになるため、特許の侵害発見容易性を著しく損なわせるものとなる。 もちろん発明のポイントとなる部分が内部処理自体にあるのなら問題ないが(公開せずにノウハウにしたほうが良いのでは?という議論はさておき)、そうでなければ個人的にはあまりクレームには記載したくない。 そこで現実的な対応となるのは、次のProng 2ではないかと思う。 ...