欧州特許(EP特許)には、他国には無い独自の制度がある。
出願時から権利化後に至るまで、実務に関係する制度として、例えば以下のものが挙げられる。
これらについて、制度の概要を説明したい。
バリデーション手続き(Validation)
EP特許が付与された後、特許権を特定の国で有効化するための手続きを指す。
EP特許は自動的にすべての加盟国で有効になるわけではなく、特許権者が指定した国ごとにValidationする必要がある。
手続き
各国特許庁に対して、EP特許の付与公告から3月以内に、以下の手続をする。
- 当該庁に対する手数料の支払い
- 当該国における代理人の指定
- クレーム及び明細書について当該国における公用語翻訳文の提出
費用
上記の手続を各国に行うため、Validationは高額な手続という印象が強い。
しかしながら、ロンドン協定により、特にEPOの公用語を自国の公用語とする国では、クレーム及び明細書の公用語翻訳文提出が免除されており、また庁手数料の支払いや国内代理人指定の要件までもが免除されている場合もある(英、仏、独など)。
よって、現在では主要3国では相当に金銭的負担が軽減されているといえる。
統一特許(UP:Unitary Patent)
EP特許を有効化するには、ValidationのほかUP申請を行うという方法もある。
UPは、欧州特許庁(EPO)で付与された特許を、一括でEU加盟国の一部(現在17カ国)で効力を持たせる仕組みである。
手続き
UPを選択する場合は、Validationとは異なり特許付与日から1月以内に申請する必要がある。
UPCA発効日から6年(+最大6年延長)の移行期間に限り、申請と同時に明細書・クレーム全文の翻訳文(*)を提出する必要がある。
この翻訳文には法的効力は無いものの機械翻訳は禁止されている。
*手続き言語が英語→他のEU公用語(ドイツ語など)への翻訳文。手続き言語が独語または仏語である場合→英語への翻訳文。
費用
EPOに対する申請手数料は無料である。
一方、年金がそれなりに高額となる。
UPを選ぶべき?
メリット
UPは一括で17カ国(2025年時点)に適用されるため、UPでカバーされない国(英国など)を除いては、Validation手続きが不要となる。
デメリット UPの場合は年金が高額となるため、有効化させたい国が3か国以内であれば、Validationの方が費用は安くなる。
また後述するが、UPの場合はUPCで裁判することとなるため、セントラルアタックにより一括で特許が無効となるリスクもある。
このリスクを許容できない場合は、Validation+後述のオプトアウトで対応するのが良いだろう。
オプトアウト
UPと連動して導入されたのが「統一特許裁判所(UPC:Unified Patent Court)」である。
この裁判所が管轄する特許は、EP特許のうちUPとして登録されたもの、またはUPとして登録しなくてもUPC管轄下にある国で有効化された特許だ。
ただし、従来通り各国の裁判所で争いたい場合は「オプトアウト」を選べる。これを行うと、そのEP特許はUPCの管轄外となり、各国ごとの裁判で争うことになる。
オプトアウトの対象となる特許
- 登録済のEP特許
- 出願中のEP特許(付与前でもオプトアウト可)
- 従来の国内特許には関係なし
手続き
- オプトアウトは「特許ごと」に行う
- EPOではなく、UPCの管理システムで手続き
- 費用はかからない
オプトアウトの期限
- 2023年6月1日のUPC発足から7年間(移行期間中)はオプトアウト可能
- 一度オプトアウトすると、原則として再度UPCの管轄には戻せない(例外あり)
オプトアウトするべき?
UPCを利用したい場合 → オプトアウト不要
- 一つの裁判でEUの多くの国の権利を守れる
- ただし、敗訴すると一括で特許が無効になるリスク(所謂セントラルアタック)
従来の各国裁判所を利用したい場合 → オプトアウトすべき
- 各国で個別に裁判ができる(国によっては有利に進められる場合も)
- ただし、各国での手続きが増える
まだUPCが発足されてから日も浅く、十分な判例が蓄積されていない。
このことから、従来の裁判の傾向をもとに争いたい場合は、オプトアウトを選択する場合も多いだろう。
License of Right(LOR)
LORは、特許権者が誰にでも特許のライセンスを供与する意思があることを宣言する制度。その代わりに、特許維持費(年金)が割引される仕組み。
以下、LORの主な特徴を挙げておく。
年金の割引
LORを申請すると、年金が通常の支払い額より低くなる。
割引率は国によって異なるが、例えばイギリスでは50%の割引が適用される。
誰でもライセンスを受けられる
LORが登録された特許は、希望する第三者が特許権者にライセンスを請求できる。
ただし、ライセンス条件(ロイヤルティなど)は当事者間で交渉可能。
特許権者のメリット・デメリット
メリット 年金コストを抑えられる。
特許が実施されやすくなり、ロイヤルティ収入の可能性が増える。
デメリット
自由にライセンス契約を制限できない。
将来的に独占的なライセンスを希望する企業が現れても、LOR登録があると独占契約が難しくなる。
LORの適用国の例
- イギリス(UK IPO):年金が50%割引
- ドイツ(DPMA):LOR制度あり
- フランス(INPI):LOR制度なし
LORまとめ
LORを活用すれば、特許の維持費を抑えつつライセンス収益を得る戦略が可能。
ただし、特許の独占性を維持したい場合は慎重に検討する必要がある。
まとめ
以上、欧州では国毎の移行手続きが必要な一方、EU加盟国の一部ではまとめて移行手続きを行うことができたり、統一特許裁判所の管轄下に置くか選べたり、年金割引できたり…と、手続きが煩雑であり、なかなか事務担当泣かせである。
必要な手続きを逃さないよう、チェック機能を整備したり、管理会社への移管をすることが望ましい。