近年、生成AIの登場により、声優や有名人と類似する合成音声を誰でも生成できてしまうことが物議を醸している。
勝手に有名キャラや有名人の声で別作品を作ったり、詐欺紛いの広告を打ったりと、声をパクられた人達からしたら溜まったものではない。
声優達からも保護を求める声が挙がっているところ、自然人の「声」そのものは、法的に保護され得るのだろうか?
残念ながら、日本では「No」である。
日本での取り扱い
既に結論を言ってしまっているが、まずは著作権の観点から考えてみたい。
声そのものは著作物ではない
著作権法第2条では、著作物は以下のように定義されている。
思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。
歌手が歌う曲や、声優によるセリフの表現であれば、声を使って思想又は感情を創作的に表現したものとして、著作権が発生する。
実際、著作権法第10条でも、以下の著作物が例示されている。
一 小説、脚本、論文、講演その他の言語の著作物二 音楽の著作物
しかし、あくまで「声」を使った創作表現が保護されるのであって、声そのものは著作権法の保護対象外である。
AI学習自体は著作権侵害にならないケースが多い
しかし、セリフの表現等が著作物として認められるなら、それらをAI学習に用いる行為は問題にならないだろうか?
その点、著作権法第30条の4に以下のように記載されている。
著作物は、次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には、その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。
つまり、学習対象である特定の著作物(曲、セリフ等)自体を生成するAIモデルではなく、学習対象の「声」そのものを生成するAIモデルのための学習であれば、学習対象となっている特定の著作物を享受する目的があるとは言えず、著作権侵害とは認定されない。
「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」は著作権法第30条の4は適用されないとあるが、AI音声の場合、どんなケースであれば声を模倣された人達の利益を不当に害するといえるのかは、いまいちよく分からないし、現時点では参考になりそうな判例も見当たらない。
その他の法律でも保護されていない
日本は肖像権やパブリシティ権も存在するが、残念ながら声にこれらの権利を認めた判例等声は法的に保護されていないという見方が自然ではないかと思う。
しかし他の国では、声を保護する法律は無いのだろうか?
中国での取り扱い
実は中国では、2021年より「声の肖像権」が認められている。
声の肖像権とその保護
2021年1月1日から施行されている民法典で「声の肖像権」が保護されており、以下のように規定されている。
- 自然人は肖像権を享有し、自己の肖像について他人に使用を許諾する権利等を持つ
- 「声の識別可能性」を要件として、声の肖像権を保護
- 声の肖像権を侵害された場合、権利者は、侵害差止め、謝罪等を請求可(訴訟時効の規定の適用なし)
ここで「声の識別可能性」とは、他人が複数回又は長期的に繰り返し聞いたとき、その音声の特徴により特定の自然人を識別できることを意味する。
そしてAIによる合成音声が、その音色、イントネーション、発音方法によって特定の自然人を連想させる場合には、識別可能性を有すると認定される。
実際、2024年にあった侵害訴訟はAIが生成した合成音声に関する訴訟であり、ソフトウェア企業に謝罪や損害賠償を命じる判決が出ている。
判決では、「AI音声と原告の声色や語調はほぼ一致しており、本人と識別できる」と認定しており、人物特定ができる前提で「声の肖像権」はAI音声にまで及ぶとの判断を示している。
肖像権の使用許諾
また中国民法典では、声の肖像権について本人の許諾を得ることを規定している。
特徴的な点の1つが、著作物の権利者であっても、肖像権者の同意を得ることなく、肖像権者の肖像を使用等することができないところである。
つまり、音声の著作権のライセンスを受けたとしても,声の肖像権者の同意も取得しなければ、声の肖像権の侵害となってしまう。
もう1つ面白い特徴として、当事者間の肖像権使用許諾契約の許諾期間に関して、以下のように肖像権者に有利に解釈される点が挙げられる。
- 許諾期間について約定がない場合は、肖像権者は、合理的期間を定めて事前に相手方に通知をした上で、許諾契約をいつでも解除可能
- 許諾期間について約定がある場合も、肖像権者は、正当な理由があるときは、合理的期間を定めて事前に相手に通知をした上で、許諾契約を解除可能
日本では、いわゆる買取り契約(1回支払えば、無期限に利用可能)が一般的だが、中国では所定期間経過後に再度許諾料を支払わないといけない可能性があることとなる。
考察
日本では未だ声の法的保護に関する制度や判例に乏しいが、中国における声の権利保護の取り組みは、(そのまま採用するかは置いておいて)日本の議論においても参考となるかと思う。
少なくとも日本では、声そのものを著作物と認定するよう変えようとすると、著作権の成り立ちそのものを見直す必要があり、かなりハードルは高い印象である。
よって、保護するのなら肖像権でカバーしようとする方向性は悪くないと思う。
しかし、日本では肖像権の明文規定は存在せず、肖像権はプライバシー権の一種とされている。
声単体だと、プライバシー権という考え方と親和性はあるだろうか?
また、たまたま作った声が有名人の声と似てしまう場合(著作権でいう依拠性がない場合)もあるだろうし、色々な状況に対応するための日本の法整備には時間がかかりそうである。