特許権を侵害すると、どんなペナルティがあるか。
できれば考えたくないテーマだが、特許権を侵害した場合、特許権者からは以下のような責任追及を受ける可能性がある。
- 差止請求(特許法第100条)
- 税関での輸入差止申立て(関税法第69条の13)
- 損害賠償請求(特許法第102条)
- 不当利得返還請求(民法第709条)
- 信用回復措置請求(特許法第106条)
- 刑事告訴(特許法第196条)
弁理士試験を勉強している方であれば、項目2以外は馴染みのある事項かと思う。
筆者もほぼレジュメを丸暗記するように覚えていたものの、「特許権侵害で逮捕」って本当にあるのだろうか?と思っていた。
特許侵害においては、民事裁判が行われ、侵害者に対して差止請求や損害賠償請求がされることは一般的である。
一方、特許権の侵害者に刑事罰が科されるケースは聞いたことがなかった。
ところが、2024年に実際に逮捕されたケースがあったのである。
刑事罰の規定
まず、特許法における刑事罰の規定を見てみたい。
(侵害の罪) 第百九十六条 特許権又は専用実施権を侵害した者(第百一条の規定により特許権又は専用実施権を侵害する行為とみなされる行為を行つた者を除く。)は、十年以下の拘禁刑若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
10年以下の懲役または1000万円以下の罰金と、なかなか厳しい。
なお、刑事罰の適用には「故意であること」という要件も求められる。
ピアノシューズ事件
ある女性が保有していた「ピアノシューズ」の特許にかかる靴を、ある会社役員の男性が製造委託契約が終了しているにもかかわらず販売していたため、特許権侵害で逮捕された。
概要
- 特許権者は、特許権(特許第5470498号と思われる)を保有する特殊なピアノシューズ(ヒールを工夫してピアノペダルを踏みやすくしたシューズ)を、侵害容疑者に製造を委託していた
- 侵害容疑者は、製造したピアノシューズを納品していた
- その後、要求品質を満たさないとの理由から製造委託が終了
- 委託終了後も、侵害容疑者は無断で製造したピアノシューズをフリマアプリを通じて約1年間販売していた
特許法違反容疑での摘発は、明確に記録が残る1989年以降初とのこと。
男性は特許法違反の疑いで逮捕されたものの、その後不起訴となった(理由は非公開)。
なぜ逮捕に至ったのか
上でも述べた通り、刑事罰の適用には「故意」が要件となる。
今回の場合は、以下のように製造を委託されていたという背景があったことから、故意である点が認定されやすかったものと思われる。
- 特許権者から製造委託を受けていたことから、侵害容疑者は製造されたピアノシューズが特許発明の実施品であることを知っていた
- 侵害容疑者は、委託終了後のピアノシューズの製造販売が特許権侵害であることを知っており、故意であることが明らかであった
また推定の域は出ないものの、おそらく特許権者からの警告状があったにも関わらず、侵害容疑者は協議に応じずに製造販売を継続していたといった悪質な対応をしていたのではないだろうか?
補足
特許法第2条第3項には、発明の実施行為として、製造、譲渡、使用などがある。
これらは独立した行為であるため、今回のように製造委託を受けていた場合であれば「製造」は可能だが、「譲渡(販売)」まで行ってよい契約ではなかったと思われる。
したがって、仮に侵害容疑者が委託期間中に自ら製造したピアノシューズを独自の販路で販売していれば、やはり違法と判断されていたと思われる。
最後に
知財業務の1つに他社特許クリアランスがあるが、地味な活動であるう上、開発者にも確認負担を強いることから、煙たがられることも少なくない。
ここういった具体例があると、開発者の方々にも特許クリアランスの重要性が少しは伝わるかもしれない。