特許出願の際は発明の名称を記載するが、ソフトウェア発明で迷ったら、とりあえず「情報処理装置」と付けることがあるかと思う。
日本では補正を命じられた経験は無いが、こういったとき、米国では「発明の名称がよく分らんから、もっと名前を具体的にするように」と審査官から補正を求められることが多い。
知財部に異動したばかりのときは、「どうせ権利範囲とは関係ないし、補正すればいいんでしょ?」位の気持ちでいたが、本当に権利範囲に影響しないかというと、「国によっては影響し得る」ということを知ったときは焦ったものである。
ここでは、「発明の名称」と「要約書」の2点について、日本と米国における権利範囲への影響を整理したい。
日本の特許法における位置づけ
発明の名称や要約書の記載は、権利範囲に影響しない。
以下の特許法第70条1項にもある通り、特許請求の範囲(クレーム)が、特許権の権利範囲を定めており、クレーム内の用語の意味するところを解釈する際には、適宜明細書の記載や図面を参照することとしている(審査経過も参酌される)。
(特許発明の技術的範囲)第七十条 特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。
2 前項の場合においては、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。
3 前二項の場合においては、願書に添付した要約書の記載を考慮してはならない。
「発明の名称」は、発明の技術分野の識別や分類のための形式的情報として記載されるにすぎず、クレームの解釈要素とはされない。
とはいえ、例えば発明の名称が特許請求の範囲と明らかに異なっていたりすると、手続補正命令を受けたり、職権訂正を受けることがあるようである。
特許・実用新案審査ハンドブックによれば、職権訂正の対象になり得る記載不備の例として
発明の名称に「○○装置及び△△方法」とあるのに、特許請求の範囲に「…○○装置」だけ記載されていれば、発明の名称も「○○装置」とするよう訂正する例が挙げられている。
補正等で「…△△方法」のクレームを削るとこのような事態が起こり得るが、まあ実務上は積極的にこちらから発明の名称まで補正する必要性は低いかと思われる(特許性や権利範囲に影響しないので)。
米国特許法における位置づけ
上述の通り、日本は「発明の名称」「要約書」いずれも権利範囲に影響しないが、米国では事情が異なる。
発明の名称に関して
米国における発明の名称の記載ルールとしては、500字を超えない範囲で可能な限り短くかつ発明を特定できるものでなければならず(37 CFR 1.72(a))、発明を特定するのに十分でない場合には、審査官から「発明の名称」の変更が要求される(MPEP §606.01)。
ソフトウェア発明で「情報処理装置」と記載すると、この変更要求が飛んでくるイメージである。
ここで発明の中身を具体的にするよう名称の補正をすることがあるかもしれないが、このときは発明の名称をいたずらに限定しすぎない方が良い。
米国では、裁判所がクレーム解釈の際に、特許の名称を内部証拠として使ったことがあるからである※。
※Wastow Enterprises, LLC v. Truckmovers.Com, Inc.事件, Appeal No. 2020-2349, F.3d , (Fed. Cir. May 14, 2021).
発明の名称に関して
要約書の記載についても、同様に注意したい。
米国では、過去のCAFC(連邦巡回控訴裁判所)にて、要約書の記載に基づきクレームを限定解釈する判決がなされたことがあり、「要約書」をクレーム解釈に利用することを禁止する規定が2003年規則改正により削除されている。
このため、日本とは異なり、要約書は限定解釈される可能性があるものと考えた方が良さそうである。
まとめ
日本では、「発明の名称」「要約書」いずれも権利範囲には影響しないが、米国では(稀かもしれないが)共に限定解釈の材料とされる可能性がある。
少なくとも、日本の出願を基礎にして米国出願するケースでは、「日本では権利に影響しないから」とこれらの項目の記載を限定し過ぎないよう気を付けておいた方が安全かと思われる。