記事を見ている人の中には、現在は開発業務に携わっているものの、知財部への異動を考えている方がいるかもしれない。
筆者はまさにそのパターンで異動・転職を経験してきたので、どこまで参考になるか分からないが、当時の体験を踏まえた記事を書いてみたい。
以下、知財関係のキャリアパスに進むにあたっての検討事項を整理する。
知財業務が自分に合うのか見定める
自分のキャリアを無駄にしないよう、自分が本当に知財に興味を持って取り組めるかを見定めておきたいところである。
単に今の環境を変えたいのであれば、エンジニアとしての転職もあるだろうし、技術営業、企画等への異動も選択肢に入るはずである。
通常の知財業務としては、技術者とのコミュニケーションを通じた技術内容の理解を起点として発明発掘をしたり、他社特許調査、知財戦略立案などを行うのがメインとなる。
こういった業務は決して華々しいものではなく、黙々と特許明細書を読む時間が結構長かったりする。
開発の立場で明細書を読んだことがあれば、あの独特の言い回しの文章を大量に読むのが地味に辛いと感じるのではないだろうか(中には、休日も読書のように読みふける兵もいるらしいが)。
また、特許法をはじめとする知的財産法の知識も必要だし、チームによっては契約書のドラフトをしたり、渉外業務を行うことが求められる。
開発で得た技術知識がある程度役に立つかもしれないが、開発時代とはかなり異なる業務に携わることとなるということを理解することが重要である。
知財に進みたい気持ちが薄れるようであれば、以降の記事は読み進めなくても大丈夫である。
まずは知財部への異動を考えてみる
もし今の会社自体に勤めること自体に不満が無いのであれば、知財部への異動可能性を探ってみるのが良い。
基本的に部外への異動のハードルはそれなりに高いと思われるが、それでも知財業務未経験での事業部知財への転職よりは可能性がある。
いつ異動のチャンスが訪れるか分からないので、その時に備えて準備することが重要となる。
そもそも異動のチャンスは多くない
まず開発部長等の目線から考えて、果たして部下が知財部へ異動することを認めてくれるか、という観点で考えてみる。
開発部から見ると、別部署への異動であればまだしも、知財部に限らず他部門に出て行かれてしまうと大事な人足が減ってしまうため、社内異動とはいえ歓迎してくれるとは考えづらい。
このため、知財部への異動により開発部にも大きなメリットが得られる事情があったり、元の部門の人員確保に目処がつかない限りは、異動のチャンスはそう高くないと思われる。
社内公募制度があればこの限りではないが、開示される諸条件(現役職など)に合致する必要はあるだろう。
選抜されるのも下準備が必要
また、仮に異動のチャンスがあったとしても、自分がその対象者に選ばれるとは限らない。
開発業務と知財業務とは内容がかなり異なるため、会社としてもどの異動希望者が知財適性があるかどうか、熱意があるのかどうかを見極める必要がある。
同様の希望を出している社員の方が適切だと思われれば、当然そちらが選ばれる。
したがって、たとえすぐの異動が叶わなくとも、来たるときに備えて各種アピール・準備をしておく必要がある。
開発活動と並行して、例えば、以下の活動を進めておくことで、自分に白羽の矢が立ちやすい土壌を形成しておくと良いかと思う。
- 積極的な特許活動のリーディング
- 部内の発明抽出会
- 知財部と連携した他社特許クリアランス活動
- 資格の取得
- 知財検定
- 弁理士(短答通過だけでもアピールポイント)
- 日頃の1 on 1やキャリア面談でのアピール
- 開発知見を活かした知財活動による企業貢献が可能である点の説明
- 思いつきの希望ではなく、数年先のキャリアを見据えた上での希望である旨の説明
- 知財部員への相談
- 同期等を通じて知財部の人員状況・異動の可能性のヒアリング
特に気を付けたいのは、面談でアピールするときである。
何の下地もなしに「なる早で知財部へ行きたい」と言うと、上司にはおそらくネガティブなイメージを与えてしまう(今の職場から逃げたいだけでは?と思わせてしまう)であろう。
実際、開発部から異動したまでは良かったが、知財業務が肌に合わず、数か月後に開発部にトンボ返りしてしまうケースもあるらしく、その辺りは開発部や人事部は判断が慎重にならざるを得ない。
もちろんすぐに異動が叶えば言うことなしだが、「開発活動は疎かにしない」「開発経験を生かした知財業務を通じ、会社に貢献したい」「キャリアパスはこう考えており、今はこんな準備をしている」という伝え方をすることで、大分上司の印象は変わってくるはずである。
自分が異動を通じてどう会社に貢献できるかを説明することは、就活や転職活動にも通じるところがある。
転職による企業知財部への配属狙いは厳しい
もし今の職場で異動が難しければ、転職を通じた知財部配属というのも選択肢として挙がるかもしれない。
だが、あくまで私見ではあるが、それなりに難易度は高い。
転職の場合は、第二新卒であればポテンシャル採用ということも期待されるものの、基本的には即戦力として採用されることが多い。
果たして企業側に、開発経験はあるけれども知財は未経験という人間を、敢えて中途で採用するモチベーションがあるだろうか?
特許事務所であれば、未経験であっても比較的年齢が若かったり、弁理士資格を取得していると採用してくれることもあるかと思う。
中には、「企業開発部→特許事務所→企業知財部」というキャリアパスを描く人もいるので、そういった道も無くはない。
ただ、企業によっては特許事務所経験(明細書書けます、という点など)はあまり求められていないことから、企業知財部への転職が容易とまではいえない点は注意である。
特許事務所への転職
上でも軽く触れた通り、企業知財部とは異なり、こちらは未経験であってもある程度の門戸は開かれている。
事務所で勤務する場合は弁理士資格が重要なため、既に資格を持っていたり、短答試験だけでも合格していたりすると、採用確率も高くなる。
ただし、特許事務所に勤務するということは、明細書のドラフトや中間処理書類の作成が主な業務となることは理解しなければならない。
企業知財部のようにビジネスに直接携わった提案がしたければ、その点はギャップが生じざるを得ない。
中小企業に対するコンサル業務をしている特許事務所もあるため、ある程度希望を満たせる可能性はあるが、可能性は高くない。
また、個人的な意見を承知で言うと、生成AIの技術発展に伴い、明細書作成をはじめとする書類作成業務は生成AIが代替していく流れは止まらないと思う。
したがって、単純な明細書作成という能力の価値は下がってしまい、将来が明るいとは言えない。
(もちろん、優秀な先生が様々な形で企業に付加価値を提供していく存在として生き残っていく可能性は否定しない)
特許庁への転職
特許審査官になるためには、人事院の実施する国家公務員採用総合職試験に合格する必要がある。
受験には30歳という年齢制限がある。
これは、採用年の4月1日時点での受験可能年齢上限を意味しており、受験時に30歳でも翌年の4月1日までに31歳になる場合は、国家総合職を受験できない点は注意である。
実際に受験したことが無いので難易度は不明だが、弁理士試験と同様に難易度は高いと推測する。
また、理系の社会人、ポスドクなどの人材であれば、任期付審査官として採用されるというルートも存在する。
なお、審査官として審査の事務に7年間従事した場合には、弁理士となる資格が取得できる(弁理士法第7条)。
審査官を経て特許事務所や企業知財部へ進むキャリアパスも無くはないが、審査という業務の性質上、良くも悪くも企業知財部の業務とは異なる部分が多くなるであろう。
企業知財部としての経験を積んだ後の転職は?
もし幸運にも異動が叶い、知財部としての各種業務(出願権利化、他社知財対応、知財戦略立案、渉外活動、契約業務など)の経験を積むことができれば、他業種へ転職はそれほど大変ではないと思われる。
知財の素養が備わっていれば、経験上、担当技術領域の違い(HW系、SW系)はそこまで転職の合否に影響はしない。
技術知識そのものは入社後に勉強すれば十分カバーできるので、例えば以下の能力を総合的に鑑みて、採用ポジションと合致する人材かどうかを判断していると考えられる。
- 法律・制度の知識
- 特許法、商標法、著作権法などの基本法令の理解
- 海外知財制度(PCT、マドプロなど)の概要把握
- 判例・審決動向の把握
- 技術理解力
- 技術・製品・サービスを正しく把握し、発明の本質を抽出できる力
- 技術者との円滑なコミュニケーション能力
- ビジネス・戦略的視点
- 知財権を守るだけでなく活用する(ライセンス、クロスライセンス、共同開発契約など)視点
- 競合調査・パテントマップ作成を通じた事業戦略へのフィードバック
- ブランド・デザイン保護の戦略立案
- 契約・交渉力
- 秘密保持契約、共同開発契約、ライセンス契約などのレビュー・起案
- 相手方との交渉・調整スキル(リスク説明、代替案提示)
- 社内調整・教育力
- 開発部門・営業部門と円滑に連携し、知財の重要性を説明・啓蒙する力
- 社内規程・発明報奨制度の整備と運営
- 情報収集・分析力
- 特許・商標データベース、学術論文、業界動向などの情報を効率よく収集・分析する力
- 知財リスクや訴訟リスクを早期に察知する力
- コミュニケーション力・文章力
- 出願書類・契約書・社内報告書などの明確な文書作成
- 経営層や非専門部門にも分かるように説明する能力
ただし、有機化学(医薬関係など)に関してだけは、ある程度の専門知識の下地がないと、知財経験があったとしても転職は難しい印象である(求められるポジションにもよるが)。
筆者のキャリアパス(参考)
因みに自分の場合は、新卒後はとあるメーカーでHW開発部に数年間在籍していた。
しかし、特定機能に特化した開発業務にばかり従事しており将来的な発展性が見込めなかったこと、社外でも通用するような経験が積めず他業種への転職も難しく手詰まり感があったこと、そして自身が発明者として知財部員と仕事をしたときに水が合いそうだと思ったことが知財畑に進むきっかけとなった。
そして、開発時代はできるだけ知財業務を引き受けるよう努めるとともに、弁理士資格の取得に漕ぎつけることで、数年後にようやく知財部に異動することができた。
その後は「出願権利化業務」および「他社特許対応」を担当するものの、分業化が進んでいたこともあって幅広い知財経験が積めないことから、新天地を求めることとなった。
そして現在はあるSW企業の知財部として、契約、商標、著作権(OSS含む)、他社動向調査など、前職よりも多様な業務に携わらせてもらえており、決して楽ではないがとても有意義な経験をさせてもらっている。
中には知財と関係性の低い契約相談などもあり、その都度社内弁護士に問い合わせることもままあるが、それはそれで事業に対する視野が広がるので、決して悪いことではないと考えている。
今のところ転職する気はないが、もしすると決めたときは「書類準備」「面接の対策」「課題対応」など、それなりのエネルギーを充てる覚悟はしておかないといけないなと思う。