契約書における「書面」や「文書」はEメールを含む?

契約書では、相手方に通知をしたり、承諾を得る際に「書面」や「文書」といった手段を要求することが多い。 口頭では言った言わないの水掛け論になってしまうため、きちんと証拠を残すためである。 それは良いのだが、よく開発者から「これってEメールで承諾を取り付けるのは駄目ってことですか?」と問い合わせを受けることが多い。 結論から言うと、「書面」「文書」いずれも電磁的記録(電子メールなど)を含む旨が契約書に記載されていない限り、Eメールではなく紙で承諾を得る必要があるものと解される。 これらの用語の意味するところと留意点を整理しておきたい。 「書面」とは何か(電子メールを含むか) 一般法にあたる民法には、書面を定義する条文は見当たらないが、次のように書面と電磁的記録とを分けて記載しているものが見られる。 (定型約款の内容の表示) 第五百四十八条の三 定型取引を行い、又は行おうとする定型約款準備者は、定型取引合意の前又は定型取引合意の後相当の期間内に相手方から請求があった場合には、遅滞なく、相当な方法でその定型約款の内容を示さなければならない。ただし、定型約款準備者が既に相手方に対して定型約款を記載した書面を交付し、又はこれを記録した電磁的記録を提供していたときは、この限りでない。 さらに、民間事業者等が行う書面の保存等における情報通信の技術の利用に関する法律の第二条第3号では、以下の通り定義されている。 (定義) 第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。 三 書面 書面、書類、文書、謄本、抄本、正本、副本、複本その他文字、図形等人の知覚によって認識することができる情報が記載された紙その他の有体物をいう。 つまり、「書面」は紙その他の有体物として使われる。 また、この後には書面とは別に電磁的記録の定義があり、メール等はこちらに該当する。 四 電磁的記録 電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。 五 保存 民間事業者等が書面又は電磁的記録を保存し、保管し、管理し、備え、備え置き、備え付け、又は常備することをいう。… したがって、この法律の中では電磁的記録(電子メール、PDF、チャットなど)は、「書面」とは明確に異なる定義となる。 書面には、電磁的記録(Eメール等)は含まないと思ったほうが良さそうである。 「文書」とは何か(電子メールを含むか) ネット上で検索すると、「文書」は「文字によって意味内容を伝える媒体」を指すと紹介されている記事を見かける。 この定義が当てはまるのなら、文書は紙に限らず、電磁的記録も含まれる、ということである。 確かに、一般的には電子文書なんて言い方もする。 分野ごとの特別法では、「行政文書」「公文書」などの定義では、紙だけでなく電子記録も含めることが明記されている場合もある。 しかし、どうも「文書」を電磁的記録を含むと定義する法律が見つからない。 寧ろ、上で紹介した民間事業者等が行う書面の保存等における情報通信の技術の利用に関する法律の定義を見ると、「文書」は「書面」のひとつという位置づけとなっている。 つまり、文書も書面と同様、電磁的記録は含まないと解釈される可能性があるのではないだろうか? 私見ではあるが、電磁的記録は含まないと考えておいた方が安全かと思う。 実務上の留意点・対応 締結した契約書に「通知は書面によって行う」とある場合、原則として紙での通知が求められることとなるので、横着してEメールのみの通知に留めることはしない方が良いだろう。 もし契約段階で電磁的記録もOKにしたければ、契約自由の原則(民法521条)に従い、契約書の文言を「通知は書面(電子メールその他の電磁的記録を含む。)によって行う」と明記すれば良い。 仮に書面という文言のみで契約を締結した後に「やっぱりEメールのやり取りも入れたい」となれば、面倒ではあるが契約書の修正覚書を締結するのが望ましい。 文書という用語についても、書面と同様の対応で問題ないだろう。 仮に文書という用語自体に電磁的記録を含んだとしても、電磁的記録を含むと念押しする分には全く問題ない。 逆に電磁的記録を含みたくなければ、先ほどとは反対に電磁的記録は含まない旨を括弧書きで追記すれば良い。 なお、意図的に使い分けているのでなければ、「文書」「書面」という用語が同じ契約書内で登場するような表記ゆれは好ましくない。 よくある表記ゆれに関して知りたければ、以下の記事を参考にしてみてほしい。 契約書における記載ミスの話 契約ドラフトを相手方に提示するとき、一部表記ゆれがある点を指摘され、修正を求められることがある。 同じ意味に見えても、表記が異なることで、別...

June 6, 2025 · 1 min

著作物の引用の範囲

ついブログを面白く見せようと、記事に漫画のコマを貼り付けたくなるが、作者の許諾なく使うと著作権侵害となってしまう。 しかし、著作物の利用は全てダメな訳ではなく、「引用」という形であれば利用できるとされている。 では、どういった条件をクリアすれば「引用」と言えるのだろうか? 著作物の「引用」とは? 著作権法上、他人の著作物をそのまま使うと原則として著作権侵害になる。 ただし、一定の条件を満たせば、「引用」として認められ、著作権者の許可なしに利用できることがある。 これは、表現の自由や学術・批評活動を保障するため、著作権法第32条で特別に認められている例外となる。 著作物の引用が成立するための条件 文化庁が発行する「著作権テキスト」には、引用について以下のとおり記載されている。 報道、批評、研究等の目的で、他人の著作物を「引用」して利用する場合の例外です。例えば、報道の材料として他人の著作物の一部を利用したり、自説の補強や他人の考え方を論評するために他人の著作物の一部を利用するような行為が該当します。 【条件】 1 すでに公表されている著作物であること 2 「公正な慣行」に合致すること(例えば、引用を行う「必然性」があることや、言語の著作物についてはカギ括弧などにより「引用部分」が明確になっていること) 3 報道、批評、研究などの引用の目的上「正当な範囲内」であること(例えば、引用部分とそれ以外の部分の「主従関係」が明確であることや、引用される分量が必要最小限度の範囲内であること、本文が引用文より高い存在価値を持つこと) 4 「出所の明示」が必要(複製以外はその慣行があるとき) ※美術作品や写真、俳句のような短い文芸作品などの場合、その全部を引用して利用することも考えられます。 ※自己の著作物に登場する必然性のない他人の著作物の利用や、美術の著作物を実質的に鑑賞するために利用する場合は引用には当たりません。 ※翻訳も可 上記をもとに引用に必要な要件を、以下のように説明する。 公表されている著作物であること 引用できるのは公表された著作物だけであって、未発表の作品は引用できない。 著作権法4条に「公表」の内容が規定されており、発行され、又は上演、演奏、上映、公衆送信、口述若しくは展示の方法で公衆に提示された場合や、送信可能化された時点(ネット上へのアップロード)で公表となる。 なお、これらの行為は、権利者や許諾を受けた者の行為である必要がある。 「引用の必然性」があること 自分の表現にとって、他人の著作物を引用する必要性がなければならない。 例えば、論評・批評・研究・紹介などで、「その著作物を引用しなければ、文章や論旨の展開が成り立たない」ほどに、その引用が不可欠な場合にあたる。 すなわち、自身の考えを証明する目的で著作物をブログに使うのは良いが、文章と全く関係のない情報を引用したり、単に見栄えをよくしようとして他人の画像を使ったりすることは、引用の必然性があるとはいえない。 例えば、ある美術品を講評するのに、文章だけでは読んでいる人にどういった美術品なのか伝わらないことがあるため、美術品の画像を掲載する、といった場合は、引用と認められると思われる。 一方、例えば映画紹介記事で、その映画のワンシーンの画像を掲載する場合であったとしても、その画像に対して本文中で言及や分析が殆どなく、単に視覚的な魅せ方やアイキャッチ的に使っているというケースでは、引用とは認められない可能性が高い。 「引用部分」が明確になっていること どこからどこまでが引用なのか、明確に区別できるようにする必要がある。 引用符(”“)やカギ括弧(「」や『』)を付けることが多いが、インデントを付けたり、枠線を付けたり、太字や斜体にしたり、背景色を変えるといった方法もある。 Webの場合、htmlのblockquoteタグを使用すると「引用である」ということが明確となる。 また、学術論文など引用方法について確立された慣行がある場合、これに従うことが望ましい。 「主従関係」が明確であること 自分の著作物が「主」、引用部分が「従」でなければならず、これを「主従関係」という。 引用が本文より目立ったり、本文より多かったりすると、主従関係が崩れ、引用とは認められない。 「主従関係」は、分量と内容について成立することが必要となる。 言い換えると、著作物が「報道、批評、研究その他の目的」を主たる目的とし、引用部分が従として利用されなければならない。 引用の目的、両著作物の性質、分量等を総合的に考慮し、自己の著作物が主体性を保持し、引用部分は、自己の著作物を補足したり、参考資料を提供するといった位置づけである必要がある。 分量だけで判断される訳では無いが、少なくとも、引用部分が半分以上を占めている場合は「自分の文章がメインである」とは認められない可能性が高い。 出典を明示すること 「どこから引用したのか」を必ず明記する必要がある(著作権法48条)。 出所の書き方は様々だが、例えば Webサイトから引用したのであれば、そのサイト名、URL、著作者名を記載する(ハイパーリンクの設定も有効)。 画像やイラストであれば、更に著作物の名称、ライセンス情報を明記すると良い。 本の内容を引用したのなら、本のタイトル、著者名、場合によってはページ数も示すのが望ましい。 引用にあたり改変しないこと 厳密には引用の成立に必要な要件ではないが、引用にあたっては、原則として「改変してはいけない」 というルールがある。 著作権法第20条では、著作物の「意に反して改変されない権利」が著作者に認められている、 つまり、引用するときに言葉を勝手に書き換えたり、意味が変わるような編集をしたり、トリミングで意図をねじまげたりすると、たとえ引用の条件を満たしていても、同一性保持権の侵害にあたる可能性がある。 一方、実務上は「最低限必要な範囲」での改変として、例えば誤字脱字を訂正する、文脈上必要最小限の省略([…]など)を行うことは許されると考えられている。 とは言え、極力改変をしないに越したことは無い。 引用の条件を満たす難易度は? 上の通り、著作物の引用時には以下の条件を満たす必要がある。 公表されている著作物であること 「引用の必然性」があること 「引用部分」が明確になっていること 「主従関係」が明確であること 出典を明示すること 引用にあたり改変しないこと これらの要件を満たすのは、どれだけ難しいだろうか? 1、3、5、6は条件が明確なので、それ程ハードルは高くない。 4も、自己の著作物の質と量に気を付けていれば何とかなりそうだが、論点となりがちなのは2である。 いくつか判例はあるものの、「その著作物を引用しなければ、文章や論旨の展開が成り立たない」かどうかは、結局個別のケースで判断されることとなるであろう。 ...

契約における知財の取り扱い

最近、開発委託契約やら、共同開発契約やらといった契約書のレビューを行う機会が増えている。 ここで、各種契約にて定めた業務を通じて生じた知財権(Foreground IP)の取り扱い方について、非常に粗々ではあるものの、備忘録を残しておきたい。 開発委託契約 知財権の帰属としては、 委託元帰属 委託先帰属 共有 のパターンがある。 委託元帰属 業務委託をしている以上、知財権含む成果物は委託元に独占させるという考え方。 委託先としては、業務を通じて自分達が完成させた発明までもが召し上げられてしまうため、委託料はその分高額となることが多い。 この場合、通常、委託先は委託元の同意無しでその知財権を使うのはNGとなる。 委託先も得られた知見を自分のビジネスに活用させたい場合もあるため、合理的な範囲で委託先にライセンス許諾する旨の条項を追加する場合もある。 一方、委託元も開発委託で得られた成果物を競業に使われては面白くないので、ライセンスを許諾するにしても事業範囲や地域的範囲などの制限を課すことが考えられる。 委託先帰属 委託先としては、開発委託により得られた知見を別の業務に展開したい場合もあるだろう。 その場合は、知財権を委託先帰属とすることがある。 委託元としては成果物を自由に利用できるようにしたいので、委託元が成果物を利用する場合は委託先が知財権の権利行使しない旨の条項を設けることが通常だろう。 あるいは、委託元に対しては無償の通常実施権を付与することも考えられる。 委託先の契約書のひな型がこのパターンとなっていると、テンションが下がる。 委託している開発部署が難色を示すのが目に見えており、先方との交渉が避けられないからである。 そして、所謂大企業ほどこういったひな型となっていることが多い気がする。 共有 特許法では、原則として特許の共有者は自由に特許発明を実施できる。 すなわち、共有であれば、お互いが自己実施する分には、相手方の許諾を得たりライセンス料を支払う必要はない。 しかし、経験上、開発委託契約で共有とするパターンを見ることは多くない。 そもそも、委託であれば共同で発明を完成させるケースがあまり想定されないためかと思われる。 また仮に共有とすると、互いの権利の持分を定める必要があったり、特許出願時の手続きが煩雑となる、といったデメリットがある。 共有とはせずに、お互いの事業に支障なきよう、成果物の性質により帰属先を決めておくといった対応も無くはない。 例えば、プログラムの開発であれば、プログラムの汎用部分は委託先、委託元特有の要求に基づいた部分は委託元、といった形が想定される。 この場合「どこまでが汎用部分なんじゃい!」と揉める可能性はあるので、特許出願の際は予め相手側に通知するよう定めておくのが無難か。 共同開発契約 共同開発契約の場合は、発明者主義の考えに基づくことが多い。 すなわち、お互いがそれぞれ単独で完成させた発明はいずれか一方のものであり、共同で完成させた発明に関しては、共有となる。 持分は互いの貢献分によって決めてもよいが、発明が生じる度に毎回持分の議論をするのも大変なので、双方に均等として50:50と定めるのが一般的かと思われる。 ここで、相手方に帰属することとなった知財権が自分の事業の妨げにならないかを確認するのは重要である。 例えば、自ら独自に事業を行いたいとき、相手方の保有する単独発明を利用せざるを得ない可能性がある。 また、第三者と事業を行う場合、共有の部分に関しては通常はサブライセンス権まで有している訳ではないので、事前に相手方の同意を得なければならない。 懸念があれば、少なくとも自社の想定事業範囲(サービスや製品、地理的範囲、有効期間など)では自由に実施できるよう、あらかじめ契約書の条項に盛り込んでおくのが良いと思われる。 ソフトウェアライセンス契約 ソフトウェアそのものの知財権はライセンサーのものであるが、ライセンスされたソフトウェアを利用してライセンシーが発明を行った場合はどうなるのか? 契約書上で明文化されていなければ、発明者主義に従い、ライセンシーに帰属することとなるだろう。 しかし、もしその発明がソフトウェアの改良発明であった場合はどうなるのか? ライセンサーとしては、元々は自分が開発してライセンスした発明なのだから、それを元に行った発明については自分も利用できるようにしたい、と考えることが多いと思われる。 そのような場合があり得るのであれば、改良発明の権利の帰属や実施権などの取り扱いについても契約で定めておく必要がある。 その他留意点 民法上は知財の帰属に関する強行規定は存在しないため、基本的に当事者間の合意で自由に決められる(任意規定なし)。 ただし、契約で明確にしないと、例えば委託契約であれば「成果物は作成した受託者に帰属する」という原則が適用される点は留意しておきたい。 また、独占禁止法の観点では、取引上優位な委託者が、受託者に不当に不利益な知財の譲渡等を強要する場合に、優越的地位の濫用となることがある。 例えば、十分な対価を支払っていないにもかかわらず成果物にかかる知財を委託元帰属としたり、不必要に広範な独占的利用権(ライセンス)を設定して市場競争を妨げる場合が挙げられる。

個人情報の第三者提供とクラウド例外

他社のクラウドサービスを利用する契約の話になったとき、「個人情報が相手のクラウド上に入るけど、DPA締結したほうがいいんだっけ?」という話があった。 識者から「今回のケースはクラウド例外だから大丈夫」といった見解を頂けたが、恥ずかしながら当時はクラウド例外なるものを知らなかった。 知財関係とは少し話が逸れてしまうが、契約実務の上で大事な情報だと思うので、この記事で内容を残しておきたい。 クラウド例外とは 「クラウド例外」とは、契約書やプライバシーポリシーなどで個人情報の取り扱いに関する制限を一部緩和する目的で用いられる表現である。 特に、「本人の同意無しに個人情報を第三者に提供してはならない」などの原則の中で、クラウドサービスの利用を例外として明示的に許容する場合に使われる。 第三者提供とは 個人情報保護法の第27条第1項柱書では、第三者提供の制限として、以下のように規定されている。 個人情報取扱事業者は、次に掲げる場合を除くほか、あらかじめ本人の同意を得ないで、個人データを第三者に提供してはならない。 つまり、第三者提供とは、「個人情報取扱事業者が、第三者(他の法人・個人)に個人情報を渡す行為」を指す。 第三者提供に該当する場合 この場合は、事前に本人の同意を得ることが求められる。 同意の取得にあたっては、個人情報の利用目的(例:「本サービスの実証実験のため」「本サービス利用に関する統計データ作成のため」)を具体的に特定し、本人に知ってもらう必要がある。 つまり、本人に内容を見てもらったうえで、納得して同意してもらうことが大事ということになる。 本人の同意を得る方法としては、個人情報保護法ガイドラインに記載の、以下のようなものが挙げられる。 【本人の同意を得ている事例】 事例1)本人からの同意する旨の口頭による意思表示 事例2)本人からの同意する旨の書面(電磁的記録を含む。)の受領 事例3)本人からの同意する旨のメールの受信 事例4)本人による同意する旨の確認欄へのチェック 事例5)本人による同意する旨のホームページ上のボタンのクリック 事例6)本人による同意する旨の音声入力、タッチパネルへのタッチ、ボタンやスイッチ等による入力 さすがに口頭だと証拠が残らないので、実務上は他の手段を取ることになるだろう。 第三者提供に該当しない場合 以下の場合は、本人の同意が不要となるが、それでもいくつかの縛りはある。 委託(個人データの取扱いに関する業務の委託に伴う提供) 「提供先において、提供元の利用目的でのみ利用しており、独自の利用目的では利用してない場合」を委託といい、この場合は本人同意が不要 個人情報の利用は委託元の利用目的の範囲内に限られる 委託元には委託先に対する監督義務が生じる 共同利用(特定の者との間で共同して利用される個人データを提供) 共同利用者間(例:グループ会社間)における個人情報の提供について、本人の同意を得ることを不要とする制度 個人情報の利用は共同利用の目的の範囲内でなければならない 共同利用者に適用されるルール(共同利用する個人データの項目、共同利用者の範囲、利用目的など)、をあらかじめ本人に通知し、又は本人が容易に知り得る状態に置く必要あり クラウド例外の具体的背景と意味 上述したように、個人情報の第三者提供は中々面倒な規制があり、第三者提供とはならない委託等であっても、何かと煩雑な手続きがある。 一方、実務上はAWS、Google Cloud、Microsoft Azureなどのクラウドサービスを通じてデータを保存・処理することが一般的になっている。 このようなクラウドサービスを利用する場合、形式的には「クラウドサービス提供事業者に個人情報を渡す」ことになるが、これを逐一「第三者提供」や「委託」として扱うと、手続きや説明義務が煩雑になる。 そこで、いわゆるクラウドサービスについて、クラウドサービス提供事業者が個人データを取り扱わないこととなっている場合には、個人データの提供(個人情報保護法27条)に該当せず、また、利用企業は委託先の監督(同法25条)も不要とする考え方(クラウド例外)が適用される。 つまり、本人の同意を取る必要も無いし、クラウドサービス事業者を監督する義務も無い。 クラウド例外は、クラウドサービス事業者が実質的にデータにアクセスしない(アクセス制限・暗号化されている)ことが前提とされるケースが多い。 銀行で例えるなら、顧客に貸金庫を提供しているしているに過ぎず、銀行自体であっても貸金庫の中身にはアクセスしないような感じだろうか。 (最近、銀行員が貸金庫から金品を盗難した事件はあったが…) 「クラウド例外」は法令違反を回避しながら利便性を確保するための契約上の工夫といえる。 もちろん、対象のクラウドサービスが適切な情報セキュリティ対策を講じていることが前提なのは、言うまでもない。

May 30, 2025 · 1 min

商標のコンセント制度

最近、競合ではない他社から、商標権の「併存合意」なるものを求める旨の書面が届いた。 普段特許をメインで担当しているとあまり聞き慣れないのだが、令和6年より施行された改正商標法で導入された「コンセント制度」に関するものらしい。 実務上知っておくべきだと思われるので、どんな制度なのかを書き留めておきたい。 コンセント制度とは? 平たく言うと、同一または類似する商標を、異なる権利者がそれぞれ商標登録することを認め合う合意のことをいう。 導入の背景 通常、先願にかかる他人の登録商標と同一又は類似、かつ指定商品役務も同一又は類似するなら、商標登録を受けることはできない(商標法第4条第1項第11号)。 外国では、先行登録商標と同一又は類似する商標であっても、先行登録商標権者の同意(コンセント)があれば後行の商標の併存登録を認める「コンセント制度」が導入されていた。 しかし日本では「当事者間で合意しただけでは、消費者は商品/サービスの出所を混同するのでは?」等の理由から、導入が見送られてきた。 しかし、日本でもコンセント制度の導入ニーズが高まったため、令和5年の商標法改正により導入に至っている。 なお、改正商標法の規定は令和6年4月1日から施行されているため、コンセント制度は令和6年4月1日以降にした出願にのみ適用される。 どんな要件が必要? 改正で商標法第4条第4項が新設されており、原文は以下の通りである。 第一項第十一号に該当する商標であっても、その商標登録出願人が、商標登録を受けることについて同号の他人の承諾を得ており、かつ、当該商標の使用をする商品又は役務と同号の他人の登録商標に係る商標権者、専用使用権者又は通常使用権者の業務に係る商品又は役務との間で混同を生ずるおそれがないものについては、同号の規定は、適用しない。 つまり、「他人の承諾を得ていること」「混同のおそれがないこと」の2点が必要となる。 必要な手続きは? 商標審査便覧〔42.400.02〕には、拒絶理由が通知された際に第4条第4項の主張をするために提出する承諾書等の内容を規定している。 1.承諾書 承諾書には、(1)引用商標権者であることを特定する記載と(2)出願人が商標登録を受けることを承諾する旨の記載を行う。 例えば、以下のような記載を要する。 私、登録第×××号の権利者である「○○」は、「△△(出願人の氏名又は名称)」が、下記の商標登録出願について、商標登録を受けることを承諾いたします。 記 1. 商標登録出願の番号 2. 指定商品又は指定役務並びに商品及び役務の区分 2.「混同を生ずるおそれがない」ことを明らかにする資料 出願人は、「混同を生ずるおそれがない」ことを明らかにする資料を提出することができる。 このとき、現在だけでなく、将来も「混同を生ずるおそれがない」ことを証明する資料を出すのが重要となる。 具体的には、当事者間での商標の使用形態(例:甲は社名を付して商標を使用し、乙は特定のハウスマークを付して商標を使用する)、使用対象(例:甲乙間で同じ商品/サービスには使用しない)、等に関する合意の内容を記載する。 この記載内容が、審査で考慮されることとなる。 その他 引用登録商標と同一の商標であって、同一の指定商品/役務について使用するものは、原則として混同を生ずるおそれが高いと判断される 「特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)」で、コンセント制度の適用により登録された商標を検索することが可能 実務で使えそう? 実際に併存合意を求める書面を受け取っているので、少なくとも活用されてはいそうである。 しかし、コンセント制度導入以前にも、アサインバック(※)という手法を用いることで、先に登録された類似商標があっても登録を行うことは可能だった。 ※出願人を先の登録の商標権者に一旦名義変更して登録査定後、再度名義を出願人に戻すという手続き 2回の名義変更が必要になるため手間がかかるが、コンセント制度を利用しようとする際も、承諾書や混同を生ずるおそれがないことを明らかにする資料を準備する負担は大きそうである。 ただ、コンセント制度であればあらかじめ混同を生ずるおそれがないことを主張できるので、登録後に権利が不安定になることは抑制できそうな気がする。 特許庁としては、テクニカルな手続きとなるアサインバックよりも、正攻法としてのコンセント制度を使ってほしい、と言ったところか。 コンセント制度は、2025年時点では導入してから約1年が経過したばかりなので、今後活用事例が出てくるのを期待したい。

契約期間の考え方

契約において当たり前の話ではあるが、改めて契約期間について考えてみたい。 まずそもそも、契約に契約期間は常に必要だろうか? 契約期間の設定が必要か否かは、契約の性質(目的)と当事者の義務の継続性によって分類される。 契約期間を定めるべき契約 義務の履行が一定の期間に限られる契約が該当する。 一体いつからいつまで義務が発生するのか不明確になってしまうのを避けるため、契約期間は明確にする必要がある。 開発委託契約(請負) 成果物の完成が目標なので、完成までの開発期間(いつまでに成果物を完成させるのか)を区切る必要がある。 開発委託契約(準委任) こちらも、業務をいつまで行うかを明確化するために必要となる。 存続条項 なお、上記契約では瑕疵対応などの存続条項を定めることが通常だが、それらはいちいち期限を設けないことが多い。 しかし、存続対象に秘密保持条項が含まれる場合は、秘密保持条項が有効となる期限は定めておくことが推奨される。 時間の経過とともに、契約を通じて得られた秘密情報も陳腐化するし、何よりも半永久的に秘密情報を管理する負担を強いるのは当事者にとって酷だからである。 ただ、秘密保持が片務型(当事者の一方が秘密保持義務を負う形)であり、自社が義務を負わせる立場の場合は、敢えて自分からは期限を定めないこともあるかと思う。 親切心で、わざわざ自分の提供した秘密情報が将来開示されてしまうことを許容する必要はない、ということである。 報酬支払いまで契約期間を設けるべき? 開発委託契約では、例えば契約期間の最終日に成果物を納品した場合、検収や報酬の支払いのタイミングが契約期間を超えることとなる。 それでは、報酬の支払いが完了する日までを契約終了日と定めるべきだろうか? 結論から言うと、契約期間は、原則として「業務遂行(成果物の納品など)」までを対象とし、検収や支払いといった後続処理は期間外でも有効に行えるよう契約条項で定めるのが一般的である。 契約期間は「委託業務を行う期間」を定義するもので、支払い等の事後手続きは必ずしも含める必要はない。 ただし、契約終了=全ての義務の終了と解釈されるリスクを避けるため、それらの義務に関する条項については、存続条項(契約期間満了後も有効とする旨を記載する)とするのが実務的である。 もちろん、契約期間を「報酬の支払いが完了するまで」と定めてもよく、この場合は具体的な日付まで定める必要は無い(いつまでに成果物を収めるか、とか、いつまで準委任の業務を行うか、という条件は入れる必要はある)。 秘密保持契約(NDA) 先に述べた理由により、情報の秘匿義務がいつまで続くかを明示する必要がある。 秘密保持期間は概ね2〜5年とすることが多いが、そこは開示する情報の性質に応じて相手方と調整することとなる。 ライセンス契約 契約期間を定めることで、特定期間だけ使用を許諾し、期間終了後は使用不可とすることができる。 買い切りのライセンス契約としたければ期間を定めない場合もあるとは思うが、期間を設けることの方が多いかと思う。 この契約では、急にライセンスが切れることによるリスクを避けるため、自動更新条項を含める場合も多い。 もっとも、うっかり契約更新の拒絶を忘れると、例えば1年余分にライセンス料を支払うこととなる可能性もある点は注意したい。 自動更新を拒絶できる期間は、多少余裕を持って設定したいところである。 賃貸借契約 土地・建物・物品などを一定期間貸し、その使用収益を認める代わりに賃料を受け取る契約となる。 契約期間を明示しなくてもよい契約 一回限りの義務であり、履行した時点で契約が終了する。期間よりも「完了」が重要となる。 売買契約 商品を渡し、代金を支払えば契約完了。 したがって、通常、契約期間は設定しない(引渡期限や支払期限はある)。 贈与契約 無償で物や権利を与える契約。 こちらも一度贈与したら完了なので、期間設定は不要。 まとめ 契約期間について契約種ごとにまとめると、以下の表のようになる。 期間を定めるときは、特有の留意点を考慮しつつ、自社に不利な条件とならないよう交渉するのが基本的な考え方となるだろう。 契約期間 契約種 備考 必要 開発委託契約(請負) ・存続条項(特に秘密保持条項)に留意 ・支払い等の事後手続きも存続条項とすることが多い 開発契約(準委任) 秘密保持契約 期間は2〜5年程度が多い ライセンス契約 自動更新条項を設ける場合あり 賃貸借契約 不要 売買契約 引渡期限や支払期限はある 贈与契約

May 24, 2025 · 1 min

画像をブログに載せるときのライセンス

ブログを書き始めてから、記事の中に貼り付けたい画像を探すことが多くなった。 なかなかしっくりくる画像が見つからないのは日常茶飯事であり、ようやく「いい画像を見つけた!」と思ったら、利用条件の厳しいライセンスが付与されているということもある。 ライセンスという単語を聞くと、画像使用に対するハードルが上がる印象を受けるかと思うが、ここでは「無料で商用利用が可能」となっている代表的なライセンスを紹介したい。 クリエイティブ・コモンズ・ライセンス クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(Creative Commons License、略してCCライセンス)とは、「こんな条件を守ってくれるなら、私の作品を使っていいですよ」と、あらかじめ許可しておくライセンスである。 全部がそうではないが、中には商用利用OKなものもある。 主な特徴 CCライセンスの表記には、以下の4つの種類が含まれる。 種類 使用条件 BY(Attribution) 作品のクレジットを表示すること NC(Non-Commercial) 営利目的で使わないこと ND(No Derivative Works) 元の作品を改変しないこと SA(Share Alike) 元の作品と同じ組み合わせのCCライセンスで公開すること これらの条件を組み合わせてできるCCライセンスは、全部で以下の6種類となる。 種類 使用条件 CC BY 作品のクレジットを表示すれば自由に使える。最も緩い。 CC BY-SA 作品のクレジットを表示し、改変時は元の作品と同じCCライセンス(このライセンス)で公開することを主な条件に、営利目的での二次利用も許可される。 CC BY-ND 作品のクレジットを表示し、かつ元の作品を改変しないことを主な条件に、営利目的での利用が行える。 CC BY-NC 作品のクレジットを表示し、かつ非営利目的であることを条件に、改変したり再配布したりすることができる。 CC BY-NC-SA 作品のクレジットを表示し、かつ非営利目的に限り、また改変を行った際には元の作品と同じ組み合わせのCCライセンスで公開することを主な条件に、改変したり再配布したりすることができる。 CC BY-NC-ND 作品のクレジットを表示し、かつ非営利目的であり、そして元の作品を改変しないことを主な条件に、作品を自由に再配布できる。 ここで特に気を付けたいのは、赤字で示した通り、NCの表記が含まれる場合は商用利用がNGとなる点である。 たとえ個人でブログを運営している場合であっても、アフィリエイトのように紹介料を得ていたり、広告収入があるサイトは商用と判断されるので、そのようなブログの場合はNCの表記の無いCCライセンスの画像を使用することが求められる。 利用時の注意点 1. 使用前に、どのCCライセンスか確認する 著作物に明示されているライセンスの種類をチェックし、使用条件を確認することが必要となる。 例えば、こんな感じである。 CC BY:クレジット等を書けばOK CC BY-NC:商用利用NGなので、アフィリエイト付きのブログでは使えない CC BY-ND:加工・編集は禁止(トリミングもアウトの場合あり) 2. ブログで正しく使う 使用条件が判明したら、後はその条件に沿って使えば良い。 CCライセンスは何れも作品のクレジット等の表示が求められるので、最低限、以下の情報を書こう。 -作品の「Ⓒ 著作権者の名前 公表年」の3点セット(「クレジット」とも呼ぶ) - 作品に記載されている場合には、必ず記載すること。 作品の作者名、スポンサー、タイトル 作品に表示があれば記載すること。 元の作品の著作権表示かライセンス情報に関するページへの指定されたURL 作品に表示があれば記載すること。 記載場所は厳密に決められているわけではないが、ウェブサイトへの掲載であれば、同一のページに記載することが望ましい。 ...

AI作品の著作権は誰のもの?

近年は、ChatGPTをはじめとするサービスを使うことで、誰でも手軽にAI画像を生成することができる。 そのクオリティには目を見張るものがあり、改めてすごい時代になったものだと思う。 ところで、完成した画像には著作権は発生するのだろうか? また、仮に発生した場合は誰の権利となるのだろうか? AI開発者?それとも利用者? AI画像に著作権は発生するか AIが自律的に生成したものは、「思想又は感情を創作的に表現したもの」ではなく、著作物に該当しないと考えられる。 例えば、人が特に指示を与えなかったり、与えたとしても簡単な指示を与えるにとどまり、「生成」のボタンを押すだけでAIが生成したものは、著作物とはなり得ない。 一方、人が思想感情を創作的に表現するための「道具」としてAIを使用したもの(創作的寄与)と認められれば、著作物に該当し、その場合はAI利用者が著作者となると考えられる。 では、具体的にAI利用者が何をすれば創作的寄与が認められるのだろうか? この点については、AI技術の進展は目まぐるしく、また具体的な事例も多くないという事情もあって、文化庁による令和5年度のセミナー時点では目下検討中であった。 しかし、「令和6年度 著作権セミナー AIと著作権Ⅱ」にて、「創作的寄与」の有無を判断する上で考慮される要素について、考え方が整理された旨が報告されている。 まず判断に関してだが、 AI生成物の著作物性は、個々のAI生成物について、個別具体的な事情に応じて判断されます。具体的には、AI利用者の行為のうち、単なる労力にとどまらない「創作的寄与」となり得るものがどの程度積み重なっているか等を総合的に考慮して判断されることになります。 とのことである。 さらに、いくつか具体的な判断要素も開示されており、内容は以下の通りである。 1.指示・入力の分量 影響しない:単に長大なだけで、創作的表現に至らないアイデアを示すにとどまる指示 プラスに働く:創作的表現といえるものを具体的に示す詳細な指示 2.生成の試行回数 影響しない:単に試行回数が多いこと プラスに働く:生成物を確認し指示・入力を修正しつつ試行を繰り返すこと 3.複数の生成物からの選択 影響しない:単なる選択行為自体 考慮が必要:通常創作性があると考えられる行為であっても、その要素として選択行為があるものもあることから、こうした行為との関係 また、人間が、AI生成物に「創作的表現といえるような加筆・修正」を加えた場合は、通常、その加筆・修正が加えられた部分については、著作物性が認められる。 このような状況を鑑みると、例えば プロンプトに、独自の思想感情を表現するための指示を含ませる プロンプトに、自分の表現を入れた画像を入れる 出力に対してプロンプトを追加し、修正を行う といった行為があれば、創作的寄与が認められる可能性も高まるのではないだろうか。 著作権は誰の権利となるか すでに上で触れてしまっているが、結論から言うとAI利用者が著作者となると考えられる。 なお参考までにOpennAIの利用規約(最終更新:2024/12/11)を見ると、以下のように記載されている。 コンテンツ情報 お客様のコンテンツ情報 お客様は、本サービスに情報を入力(以下「インプット」といいます)し、かかるインプットに基づいて本サービスから出力された結果(以下「アウトプット」といいます)を受け取ることができます。インプット及びアウトプットは総称して「本コンテンツ」といいます。お客様は、本コンテンツが適用法令又は本利用規約に違反していないことを確認することを含め、本コンテンツに対して責任を負います。お客様は、当社の本サービスに提供するインプットに必要なすべての権利、ライセンス、及び許諾を得ていることを表明し、保証します。 本コンテンツの所有権限 お客様とOpenAIの間において、適用法令で認められる範囲で、お客様は、(a)インプットの所有権限は保持し、(b)アウトプットについての権利を有するものとします。当社はアウトプットに関する権利、権原、及び利益がある場合、これらすべての権限をお客様に譲渡します。 本コンテンツの類似性 当社の本サービス及び一般的な人工知能の性質上、アウトプットは特有のものではない場合があり、他のユーザーが当社の本サービスから同様のアウトプットを受け取る場合があります。上記の当社による権限譲渡は、他のユーザーのアウトプット又は第三者アウトプットには適用されません。 これを見ると、 「アウトプット情報の権利はユーザーのものとして権限譲渡するけれども、他のユーザーが同じアウトプットを出していたら権限譲渡はしない」 とのことである。 早い話、早くアウトプットを出したもの勝ちということになろうかと思う。 なお、本記事では著作権の発生について記載しているが、他者の著作権侵害については以下の記事で触れているので、興味があれば目を通してみてほしい。 作風を似せると著作権侵害? 2025年4月16日の衆院内閣委員会(※)で、著作権における、生成AI画像について答弁があった。 内容が興味深かったので、そのやり取りを紹介...

他社の企業ロゴをプレゼン資料に入れて良いか

社内外問わず、プレゼン資料として他社名を入れることはあると思う。 このとき、テキストで企業名を表示するよりも、企業ロゴを使って掲載する方が見栄えがよく、視覚的に伝わりやすくなることが多い。 つい資料に企業ロゴを使ってしまうこともあるだろうが、果たして勝手に載せて良いものだろうか? これらのロゴは日常生活で頻繁に目にするためあまり権利について意識されないかもしれないが、著作権や商標権の観点から改めて考えてみたい。 著作権の観点 著作権では、そもそも企業のロゴが著作物に該当するか?という点と、自社の資料に著作物を掲載する行為が著作権侵害となるか?の2点を考えてみたい。 企業のロゴは著作物に該当するか 著作権法第2条第1項第1号では、著作物は以下のように定義されている。 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。 1.「思想または感情」を 著作者自身の考えや感情を表現している必要があるので、単なる事実やデータは、著作物として保護されない。 2.「創作的」に 著作者自身が独自に創作したものでなければならず、他人の作品を模倣したものや、ありふれたもの(誰が表現しても同じようなものになるもの)は創作性があるとはいえない。 3.「表現したもの」であって アイデアなど表現されていないものは、著作権から除かれる。 4.「文芸、学術、美術、または音楽の範囲」に属する 著作物は、上記4つのいずれかの分野に属している必要があり、「工業製品」は著作物から除かれる。 さらに、第10条第1項では以下のように著作物が例示されている(あくまで例示)。 一 小説、脚本、論文、講演その他の言語の著作物 二 音楽の著作物 三 舞踊又は無言劇の著作物 四 絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物 五 建築の著作物 六 地図又は学術的な性質を有する図面、図表、模型その他の図形の著作物 七 映画の著作物 八 写真の著作物 九 プログラムの著作物 このように図形なども著作物に含まれており、会社やサービスのロゴも例外ではない。 したがって、創作性などが認められれば、企業のロゴも著作物となる。 なお、文字のみからなるロゴマークには著作物性が認められる可能性は低いと考えられている。 自社の資料に著作物を掲載する行為が著作権侵害となるか 著作権者は上記の行為を行うことができるが、それ以外のものが著作権者の許可を得ずに同様の行為を行った場合などは、原則として著作権侵害に該当する。 プレゼン資料に著作物を勝手に掲載する行為は、原則として、著作権者の「複製権」を侵害する違法行為である。 また、プレゼン資料をweb上にアップロードして配信すれば、「公衆送信権」の侵害にも当たる可能性がある。 なお、著作権法30条1項では「私的使用のための複製」であれば、著作権者の許諾を得ることなく行うことができると定められている。 しかし、プレゼン資料で著作物を使用することは、社外向けはもちろんのこと、社内向けの資料であっても「私的使用」には当たらないと考えられる。 商標権の観点 商標権でも、企業のロゴが商標に該当するか?という点と、自社の資料に著作物を掲載する行為が商標権侵害となるか?の2点を考えてみたい。 企業のロゴが商標に該当するか もちろん、企業のロゴは商標となり得る。 こちらは著作権とは異なり、企業等が商標登録出願をし、各種要件をクリアして初めて商標として登録されるので、商標であるかどうかは明確である。 特許庁の特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)や、WIPOの商標検索サービスから、無料で検索可能である。 なお、著作物とは登録要件が異なるので、商標登録されている=著作物でもある、というわけではない。 自社の資料に登録商標を掲載する行為が商標権侵害となるか 商標権の場合は、登録商標と指定商品・役務がセットとなって権利化される。 ここで、以下3つの要件を満たすと商標権の侵害となる。 使用したロゴが、登録商標と「同一」または「類似」であること その使用が「同一」または「類似」の商品・役務に対してであること その使用が出所表示(商標的使用)であること 今回のケースは、企業のロゴをそのまま資料に載せることを想定しているので、要件1は満たすであろう。 要件2に関しては、例えば企業ロゴの商標における指定商品・役務と、プレゼン資料で取り扱う商品・役務とが無関係であれば、侵害行為には当たらない。 一方、指定商品と、資料で紹介する商品とが同一類似の場合、例えば指定商品が「清酒」で、自社の資料が「日本酒」を宣伝するようなものであれば、要件2を満たす可能性が出てくる。 しかし、単に資料中で提携企業を紹介したり、業界における競合企業を示すために企業ロゴを表示するだけならば、要件3(商標的使用)は満たさず、商標権侵害とはならないと思われる。 登録商標を他人が無断で使用した際、商標が商品やサービスの出所を識別する目的で使用される場合に要件3が成立する。 お酒の例で言えば、自社の日本酒に関する資料であっても、単に業界図を説明するために酒造メーカーの一つとして企業ロゴを掲載するだけならば、上記の目的での使用とは異なるだろう。 資料を見たとしても、「企業ロゴの会社が作った日本酒だ」との混同が生じるおそれは皆無だからである。 もちろん、資料に企業ロゴを表示することで、自社の日本酒があたかもその企業が作った日本酒のような誤解を生むような見せ方は駄目である。 社内資料なら他社の企業ロゴを入れても良い? 社外資料ならケアすべきと分かるが、社内に留まる資料であれば、著作権、商標権は気にしなくても良いか? 答えは「No」である。 著作権法では、私的利用であれば問題ないとされているものの、それはあくまで家庭内で利用する、といったかなり狭い定義である。 ...

著作権侵害要件「依拠性」について

著作権侵害が成立するためには、単に被疑侵害品と著作物とが類似しているだけではなく、「依拠性」という要件も必要である。 この「依拠性」とは、被疑侵害者が原作品を知っており、それに基づいて自己の作品を創作したことを意味する。 依拠性の概要 依拠性とは、簡単に言えば「真似した」ということである。 具体的には、被疑侵害作品の作成者が、著作物を見たり聞いたりしていて、記憶に残っていたことが必要となる。 つまり、偶然による一致(独立創作)ではなく、著作物を参考にして創作されたことが立証されなければならない。 立証方法 依拠を証明する責任は、権利を主張する著作権者にあるが、被疑侵害者が依拠したことを直接立証できる証拠を得ることは、まあ難しいかと思う。 そのため、実際は依拠性の存在を推認させる間接事実によって立証することとなる。 具体的には、例えば以下のような事情から推認が可能とされている。 著作物が広く公開されており、アクセス可能であった 依拠性が認められるほどに著作物と内容が非常に似ている(依拠が無ければ、ここまで似るとは考えられない) 特に後者は、創作性を有する部分だけでなく、誤字、誤植や電子透かしといった要素までもが類似していれば、依拠性が認められる間接事実となり得る。 実際、「依拠がなければこれほど似ないであろうというほどに類似している場合には,依拠の存在が推認される」とした裁判例は、「城の定義事件(東京地裁 平成4年(ワ)第17510号)」をはじめ、過去に幾つか存在する。 その他、入手は困難かもしれないが、以下のような情報もあれば、依拠性が推認される方向に傾くと思われる。 被疑侵害者が原作品を閲覧・視聴した機会があった 被疑侵害者と原作者との間に接点があった(職場、コンペ、SNSなど) 著作権を侵害しないために 被疑侵害者としては、「どこかで見たかもしれないが、真似はしていない。偶然似てしまっただけ」(無意識の抗弁)と反論したくなるだろう。 しかし、著作物へのアクセスが可能であったならば、このような反論は認められないというのが通説である。 無意識であっても、実際に過去に見たり聞いたりする可能性が否定できなければ、法律上免責されることは無いと考えた方が良い。 よって、自身の作品をブログやSNSなどに掲載する場合、それが「自身が独立して創作した」と考えているものであっても、その作品と酷似する既存の著作物が無いかは念のため確認しておくべきだと思われる。 たとえ著作物にアクセス可能であったとしても、依拠性が認められるほどに酷似していなければ、依拠性が認められる可能性はある程度抑えられるからである。 逆に、万が一ネット上などに物凄く類似する著作物があれば、本当に自ら独立して創作したのだとしても、間接事実から依拠性が推認されるリスクが高くなってしまう。 類似性の高さが依拠性を推認する間接事実としても機能することを踏まえると、結局行き着くところとしては、「できるだけ既存の著作物と類似するものは出さない」という普通の結論に落ち着くのではないかと思う。 もちろん、既存の著作物に依拠せず、独自創作した経緯(制作の時系列など)を合理的に説明できるに越したことはない。 例えば、AIでコンテンツを生成したのであれば、生成時のAIツールやプロンプトを控えておくと良いかもしれないが、それはそれで結構面倒だろう。 特に、自分の作成したプロンプトだけならまだしも、AIツール自体が対象となる著作物を学習対象に含んでいるかどうかを把握するのは非常に困難となる。 したがって、特に生成AIの場合は、学習過程が不透明であることから、依拠を推認する必要性が高いものと思われるため、「著作物との類似性」がより重要となると考えられる。